熱狂の中で差別に抗す言葉を待つ

熱狂の中で差別に抗す言葉を待つ


Shinta Yabe

 

 

note.com


日本代表のサイドバック、赤髪に染めた長友佑都が試合後に「ブラボー」と大声で発した。
その影響か、渋谷には日本代表の青いユニホームに袖を通した若い男性ファンたちがニッポンコールとブラボーの掛け声でハイタッチを交わしていく。スクランブル交差点の中央ではモッシュが発生。赤信号になると警察官に押されながらハチ公前広場とTSUTAYA側へと帰っていく。集散を繰り返しながら“熱狂”していた。

他国での開催だ。ラグビーワールドカップを取材していた時のように、歓喜の場にさまざまな国のサポーターがいるわけではない。特に青いユニホームと日の丸(だけ)が掲げられる空間に居心地の悪さも覚えた。声をかけてある話を聞こうにしても奇声を発して再び交差点へと消えていく姿は、ドイツの現状とは違うのだろう。

ドイツにいる友人のみきちゃんによるツイート

はとても考えさせられる。

日本サッカー協会田嶋幸三会長が「今サッカー以外のことでいろいろ話題にすることは好ましくない」と言い放った。

ドイツの選手たちが試合前に口を隠すポーズをしていた理由を知っているだろうか。誰もが楽しめるのがスポーツのはず。日本協会はSDGs達成に貢献するとウェブサイトに記している。「スポーツは年齢、性別、人種、国籍、障がいの有無などに関係なく、だれもが、いつでも、どこでも楽しむことができ、ダイバーシティインクルージョン(多様性と包摂)を促進することができます」

しかしながら、これでは空虚なメッセージとしか言いようがない。トップがこのような姿勢だからだ。スポーツを誰もが等しく楽しむことが保障されていない状況で、アスリートたちが社会正義を自らの行動で示すことも、日本のサッカー組織のトップは「好ましくない」と揶揄するような傲慢さがある。

何があったのか。

今回のカタールワールドカップは非常に人権侵害で卑劣で極悪な大会だからだ。スタジアム建設に従事した移民労働者はカタール大会決定が決まって以降、10年間で6500人の命が奪われた。窓のない薄暗い部屋で“収監”されるようにして暮らし、労働となれば50度を越える暑さのなか水分補給もさせてもらえず15時間ほど強制労働させられているというのだ。貧困から抜け出すため夢を抱いて出稼ぎする移民たちを人として扱わないことで今回のワールドカップのインフラが形作られている。


そしてカタールでは性的少数者(LGBTQ+)が差別と偏見と抑圧によって苦しむことを強いられている。同性愛が違法で、7年以下の懲役刑など罰則。同性間で性行為を行なったイスラム教の男性は、死刑となる可能性もあるほどだ。国家によって生きることを踏み躙られている。またトランスジェンダー当事者は転向療法を強いられたり、している。


このような事態だ。ニッポンコールで自国の躍進に酔いしれるなか、欧州強豪国は怒りを持ってカタール大会に強い疑義を投げかける。プロテストである。ドイツ、イングランド、ベルギー、デンマーク、フランス、スイス、ウェールズ、オランダのキャプテンは「One Love」という腕章をつけてこの大会に臨む予定だった。オランダサッカー協会が始め、あらゆる差別に抗する目的とするものだ。しかしワールドカップの主催団体であるFIFAが経済的制裁と試合でのイエローカードというペナルティを課そうとしたため、これら8カ国は断念せざるえなかったのだ。

だからドイツ代表は試合前に口を塞ぐポーズで抗議の意思も示した。ドイツでは世論調査で国民の半数がワールドカップを見ることをボイコットすると数字が出たという。
イングランドサッカー協会では移民労働者や人権問題についてNGOと連携してリサーチなどにも取り組んでいたという。

だからこそ、日本協会の意識の低さ、愚劣さに呆れかえるよりも怒りが込み上げるほどギャップは大きい。FIFAも大会規定で政治的宗教的などを理由にユニホーム規定などがあり、中立のためにと腕章の使用を禁止したりする。レインボーカラーのシャツを着たメディアもスタジアムに入ることを拒否されたという。

これは中立ではなく明らかに人権侵害を肯定した上で行われている極めて政治的なイベントだ。そのことを辺境な島国で熱狂する「日本人」は直視しなければならないのではと、国際的スポーツビジネスイベントが行われるたびに思う。利権と汚職に塗れた東京五輪が終わればまたゼロからお気楽モード。今回も繰り返すのだろうと見つめてしまう。

きっとこの文章を読んでくれた方に中には「いやこんな喜ばしい時なんだから水を差すなよ」と思うこともあるだろう。「喜ぶことを否定するのか」「一生懸命プレーしている選手に失礼だ」とも言いたくなることだろう。
しかし、人権は後回しにしていいものではない。であるならば、このカタール大会の人権侵害に文句を言いながら観戦するのはどうだろうか。決してボイコットを強要するものでもない。これを機に移民に対する強制労働問題やLGBTQ+差別にも目を向けてほしい。そして、日本国内における状況にも考えるきっかけにしてほしい。

きっと次戦までドイツ戦の勝利について僕も所属するマスメディアは日本の歓喜を報道し続けるだろう。記者もカメラマンも熱狂し、任された仕事だからと報じるのだろう。

ブルーの日本代表ユニホームを着てアナウンサーやコメンテーターが総動員で礼賛する放送が続くことだろう。

その陰で踏み躙られたものをないものとして歓喜ムード一辺倒で続いていくのだろう。沈黙どころか無視を決め込む。恐ろしさをかんじるのだ。
しかし、差別に中立はない。加担し続けるかしないかは自らの選択によって決められる話だ。差別を食い止めるためにメッセージを発するかどうかで問われていると思う。

ドイツ戦の勝利で会長田嶋の発言がなかったことになり、プッシュアップする既成事実にならないことを願いたい。

W杯優勝国に初勝利。快挙であることは間違いない。偉業を遂げた選手たちの活躍は称賛されるほかないことは自明だ。それでも、この大会で、森保監督、選手が、ドイツをはじめ欧州強豪国のように自らの言葉として差別に抗する言葉を紡がれることを待ち続けたい。

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日本がドイツに勝利し、スクランブル交差点で熱狂する若者たち=渋谷スクランブル交差点