「あの時示された民意忘れるな」 安保法成立7年 国会前デモの歴史的意義は 中野晃一上智大教授に聞く

「あの時示された民意忘れるな」 安保法成立7年 国会前デモの歴史的意義は 中野晃一上智大教授に聞く

2022年9月20日 06時00分 東京新聞
7年前の安全保障関連法案に反対する国会前デモを振り返り、その意義などについて話す上智大の中野晃一教授=東京都千代田区で

7年前の安全保障関連法案に反対する国会前デモを振り返り、その意義などについて話す上智大の中野晃一教授=東京都千代田区

 集団的自衛権の行使容認を柱とした安全保障関連法の成立から、19日で7年。当時の国会前には、多い時で約12万人(主催者発表)が抗議デモに集まり、若者や学者、母親など多様な人々が立場を超え、反対の意思を政権に突きつけた。当時のデモの盛り上がりは、日本の社会に何を残したのか。市民の動きを野党の連携につなげる役割を果たした「市民連合」の中野晃一上智大教授(政治学)に聞いた。(大野暢子)
 —なぜ、あれほど多くの人が声を上げたのか。
 「政治家は、主権者である私たちの民意を代表するべき存在だ。それが、私たちのことを忘れて暴走を始めたため、主権者が公の場に出て『声を聞いて』と訴えざるをえなくなった。議会政治、政党政治を修復させようという動きだ」
 —当時の安倍政権は反対論を押し切り、安保法を成立させた。デモが社会に残したものは。
 「2015年のデモ以降、国会議員や既存のメディアに政治を任せず、自ら意思表明する市民の姿は当たり前になった。森友・加計学園や『桜を見る会』を巡る問題で浮かび上がった権力の私物化や、名古屋出入国在留管理局でのウィシュマさんの死などに市民は怒り、メディアも取り上げた。抗議の回路ができている。最近では安倍晋三元首相の国葬に反対する声が広がり、政権も無視できなくなっている」
 —政党への影響は。
 「市民は安保法成立を『敗北』とはみなさず、粘り強く政党を動かし、選挙の構図や結果を変えた。安保法廃止を目指す複数の野党に働き掛け、選挙の候補者を一本化させる野党共闘が代表的だ。共闘すれば必ず勝てるわけではないが、共闘しなければ巨大与党に対し、勝負にもならないのが現実だ」
 —昨年の衆院選、今年の参院選で市民と連携した野党共闘は不十分だったのでは。
 「15年の運動の遺産は食いつぶしている。世界的にも市民運動が盛り上がり続けることはなく、必ずサイクルがある。悲観していない。また広げていくことが重要だ。主権者の声を反映させる政治を取り戻すための模索は今も続いている。15年に始まった『未完のプロジェクト』だ」
 —年内にも改定される国家安全保障戦略に「敵基地攻撃能力の保有」が明記されれば、憲法9条に基づく専守防衛が揺らぐ。
 「15年に国会前に押し寄せた人々に共通していたのは『戦争する国にならないでほしい』との願いだ。9条改憲や敵基地攻撃能力の保有に前向きな議論を聞くたびに『この政治家たちは民意を代表できているのか』と疑いたくなる。与野党は、あの時に示された民意を忘れてはいけない」

 なかの・こういち 1970年生まれ。上智国際教養学部教授。米プリンストン政治学博士号取得。安保法への抗議をきっかけに結集した識者や市民が中心となって、立憲民主党共産党など複数の野党による国政選挙での連携を後押しする「市民連合」の運営委員。著書に「右傾化する日本政治」(岩波新書)など。


◆市民によるデモ、社会に根付く 若者世代主導やSNS活用も

 デモによる市民の抗議行動は安全保障関連法に限らず、さまざまな局面で展開され、世代や手段を広げながら日本社会に根付いてきた。
 大きな契機になったのが、2011年3月の東京電力福島第一原発事故だ。各地で脱原発を求める動きが広がり、翌12年に当時の野田政権が関西電力大飯原発の再稼働を検討し始めると、毎週金曜の夕方に首相官邸前で抗議する市民が増加。最大で20万人規模(主催者発表)に膨らみ、誰でも参加できる活動として定着し、昨年まで続いた。
 第2次安倍政権の発足後も、特定秘密保護法や「共謀罪」の趣旨を含む改正組織犯罪処罰法など、国民の権利を脅かす法案が国会に提出されるたびにデモは活発化した。
 安保法の抗議デモで注目されたのは、大学生らでつくる「SEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)」だ。国会前で声を上げ続け、政治への関心が薄いとされる若者世代のイメージを覆した。最近では、政治に関心のある若い女性らが「選挙ギャルズ」を結成し、安倍晋三元首相の国葬改憲に反対するデモを主導している。
 人が集まりにくい新型コロナウイルス禍で、交流サイト(SNS)を活用した「デモ」も拡大し、力を発揮している。20年春、検察幹部の定年を政府の判断で延長可能とする検察庁法改正案への抗議がツイッター上に投稿され、多数の賛同が集まった。世論の反対に検察幹部の不祥事も重なり、政府・与党は法案の成立を断念した。(市川千晴)