ヘアドネーションという罪。「いいこと」がもたらす社会の歪みについて

ヘアドネーションという罪。「いいこと」がもたらす社会の歪みについて
ヘアドネーションは本当に生きやすい社会を作っているのだろうか?


インタビューby 西本 美沙

2022/05/13

laundrybox.jp

 

 

本当にウィッグを望んでいるのだろうか?
ーー ヘアドネーションは本質的な課題解決にはならない。それは、どういう部分がそうなのでしょうか?

髪の毛って自分の意思で伸びていると思いますか?髪の毛は、無意識に、勝手に伸びていますよね。

「ヘアドネーションのために頑張って髪を伸ばしました」と誰かのためを想い、我慢して髪を伸ばす行為自体は美しいですし、感謝しかないです。でも、髪を切って落としたら、それは正直、ゴミなんです。

なのに、それが「いいこと」に変わる理由は、「ウィッグが手に入れば髪の毛がない人は喜ぶに違いない」という思い込みですよね。

でも、髪の毛がない人たちは、できれば自分の毛を生やしたいんです。だけど、それができないから、仕方なくウィッグを用意する。それは、髪がないと社会生活が困難だと感じるからです。

病気の治療で髪を失ったら、「学校でいじめられるんじゃないか」と心配で、親がウィッグを用意します。つまり、ウィッグは自分を守るためのツールでもある。

もちろん、無料でウィッグを受け取ったほとんどの人は喜びます。

ですが、その人たちの本当の気持ちに触れていくと、違う側面が見えてきます。ウィッグを使うということが、「負けたような気持ちになる」という人もいます。

ーー ウィッグを望んでつけているわけではないと。

ここは、髪の毛がある人がほとんどの社会なんです。

呼吸しているのが当たり前だから、呼吸できていることに感謝をしている人がいないのと同じで、99%くらいの方が髪の毛があるのが普通の社会で、髪の毛があることを意識している人はほとんどいない。

そのような社会において、髪の毛がないということは圧倒的なマイノリティーです。これは髪の毛に限ったことではないですが、それが今の社会です。

ーー ウィッグをつけたいということと、ウィッグをつけなければならないということは異なるということですね。

もちろん、表現の自由でウィッグを着けて外を歩きたい人もウィッグでおしゃれをしたい人もいますが、ウィッグをかぶらなければならない状況はおかしいですよね。

髪の毛がないというマイノリティーの人たちのために髪の毛を集め、ウィッグを作る。運営側はそんな風に思っていないですが、「普通に買ったら50万円ほどする人毛ウィッグをタダでどうぞ、さあ被った方がいいですよ」という構図に結果的にはなっている。

圧倒的マジョリティーがマイノリティーに対して、ウィッグが必要だという無意識の押し付けになっているんじゃないのかと。

一生懸命髪の毛を伸ばして、「私はヘアドネーションをしました、いいことをした」は本質的な解決ではない。

 
「善意」が無意識のバイアスを広めているのかもしれない
ーー 確かにそうですね。とはいえ、「髪がなくて困っている人がいる」という情報に対して純粋に髪を提供したい人たちと、純粋にウィッグを受け取りたいと思う人たちの選択肢にもなっています。

もちろん1人でもウィッグを求めてくれる人がいれば活動は続きますし、ウィッグも提供します。

でも、この人たちの生きづらさは、少数派というところから派生している。自分に責任がないことに対して、ただただコストを負わされている。

ウィッグを買わないといけない、学校に伝えないといけない、プールの前には担任に相談しないといけない。「うちの娘、息子は脱毛症です。ご配慮をお願いします」とずっと教師に申し送りをしないといけない。

なぜこの人たちがずっとこのコストを負わないといけないのか。

私たちは、彼らがウィッグが欲しいから買っていると思っていますが、そうでしょうか?ウィッグを買う、そのコストって一体何への対価なのか。

社会の大多数に髪の毛が生えているから、マジョリティー側の人たちに、マイノリティの人が自分を寄せていかなければならない。この社会は非常に歪んでいますよね。

ヘアドネーションすらできない人に対して、その行為自体が、無意識に彼らに「髪の毛があることは素晴らしい」というマウンティングのジャブを打ち続けている。

ーー 良かれと思っている善意が、かえって彼らを傷つけている可能性があると。

コロナを経て、生理の貧困もそうですが、これまでなかったこととされていた人たちが声を上げはじめました。私たちも、今の世の中において、自分たちが感じている違和感について口を閉ざすことはできません。

僕らはヘアドネーションをスタートした運営者です。僕らにはその”無意識なバイアス”を広めたという罪があります。

だからこそ、是正できるのであれば社会に正しい情報を伝えていきたい。だから今は、とにかく伝え続けるしかないと思っています。

この国には家父長制をはじめとした無意識の差別が存在します。とりわけ男性からは、自分が誰かを差別しているとは思ってもいなかったと言われます。

生まれた時から下駄を履いていることに気づかないこともある。

理解を広げるには非常に時間がかかると思います。