日本人は「空気」で動く

日本人は「空気」で動く

 

ヒロシマの視線 (livedoor.jp)

 

 

 

「天号作戦」(沖縄特攻作戦)を目前にした戦艦大和の下級将校室では、兵学校出身と学徒兵出身の青年士官のあいだで連日のように激論が交わされた。日本人には珍しい徹底的な議論であった。

 

兵学校出身の中尉、少尉は口を揃えて言う。「国のため君のために死ぬ。それでいいじゃないか。それ以上に何が必要なのだ。もって瞑す(安らかに死ぬ)べきじゃないか」

学徒出身士官、色をなして反問す。「君国のために散る、それは分かる。だが一体それはどういうこととつながっているのだ。俺の死、俺の生命、または日本全体の敗北、それをさらに一般的な、普遍的な、何か価値というようなものに結び附けたいのだ。これら一切のことは、一体何のためにあるのだ」

 

彼らの対立は激しくなり、ついには鉄拳の雨、乱闘の修羅場となった。両者の主張に異論を提示したのが白淵大尉(海軍兵学校を卒業、戦艦「大和」副砲分隊長)だった。彼はささやくように言った。彼の次のことばで、とりあえず激しい対立は収拾された。
 

「進歩のない者は決して勝たない。負けてめざめることが最上の道だ。日本は進歩ということを軽んじすぎた。私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた。敗れて目覚める。それ以外にどうして日本が救われるのか。今目覚めずにしていつ救われるのか。俺たちはその先導になるのだ。日本の新生にさきがけて散る。まさに本望じゃないのか」

 

「天号作戦」は、日本人は理論やデータによる予測・警告では動かず、空気で動いたという一例であった。

 

日本人は「空気」で動く

「空気」とはまことに大きな絶対権をもった妖怪である。……何しろ、専門家ぞろいの海軍の首脳に、「作戦として形をなさない」ことが「明白な事実」であることを、強行させ、後になると、その最高責任者が、なぜそれを行なったかを一言も説明できないような状態に落し込んでしまうのだから……こうなると、統計も資料も分析も、またそれに類する科学的手段や論理的論証も、一切は無駄であって、そういうものをいかに精緻に組みたてておいても、いざというときは、それらが一切消しとんで、すべてが「空気」に決定されることになるかも知れぬ。とすると、われわれはまず、何よりも先に、この「空気」なるものの正体を把握しておかないと、将来なにが起るやら、皆目見当がつかないことになる。

全文はhttp://blog.goo.ne.jp/smgrh1992/e/8b429c9949e100846c89fb9776053fed

 

 

「私の個人的意見は反対でありました」。日本が戦争に向かった経緯について、A級戦犯東京裁判で語った言葉を政治学者の丸山真男が書き残している。



自らの考えを「私情」と排し、ひたすら周囲に従うのをモラルとするような指導者の言動を丸山は「既成事実への屈服」と喝破した。




天声人語 20201122