サッカー日韓戦、吉田麻也がコロナ下でも「帰国4日目」で参戦できた理由
藤江直人 2021/03/27
サッカー日韓戦、吉田麻也がコロナ下でも「帰国4日目」で参戦できた理由 (msn.com)
日韓両国代表によるサッカーの国際親善試合が、3月25日に日産スタジアムで開催された。緊急事態宣言こそ解除されたものの、コロナ禍で外国人の新規入国が停止され、日本人を含めたすべての入国者に2週間の自主待機が求められている状況下で、さまざまな批判を受けながらもサッカー界だけ特例が認められたのはなぜなのか。開幕まで4カ月を切った東京五輪にも通じる背景を追った。(ノンフィクションライター 藤江直人)
日本サッカー協会がチャーター機で帰国させた理由
25日の韓国代表戦を、3-0の快勝で終えた直後のオンライン会見で、日本代表のキャプテンを務めるDF吉田麻也(サンプドリア)は笑顔で言葉を紡いだ。「試合が終わってこんなにホッとするのは、本当に久しぶりですね」
試合前日には「これで結果を出せなかったら男じゃない」と吉田は言い切っていた。32歳のベテランを奮い立たせた「これ」とは何なのか。答えはオンライン会見で明かされた。
「チャーター機で帰ってきたこともあって、正直、プレッシャーがいつも以上にありました」
実は吉田は、日本時間の21日(日)深夜にサンプドリアの試合に出場していたため、通常の航空便を利用すれば帰国は23日(火)となり、その場合は韓国戦には出場できなかった。そこで、日本サッカー協会(JFA)が手配したチャーター機で、22日(月)の深夜に吉田は羽田空港に降り立った。同乗していたMF守田英正(サンタ・クララ)とともに先発に名前を連ねたというわけだ。
月曜日の帰国と火曜日のそれとでは、何が違うのか。それはコロナ禍に対応して、JFAが関係各所と調整した結果、出来上がった「特例」に理由がある。
JFAが関係省庁と折衝の末、できた「特例」
緊急事態宣言がすべて解除されても、外国人の新規入国停止措置と、日本人を含めたすべての入国者に2週間の自主待機期間が求められる状況は変わらない。スポーツ界も例外ではなく、例えば徳島ヴォルティスのスペイン人新監督は入国すら果たせていない。対照的に今回は韓国、モンゴル両代表だけでなく、同時期に東京五輪世代となるU-24日本代表と国際親善試合を行うU-24アルゼンチン代表も入国。ヨーロッパでプレーしている日本人選手もU-24代表を含めて帰国し、2週間の自主隔離期間を免除されて活動している。
背景にはJFAがスポーツ庁をはじめとする関係省庁と積み重ねてきた折衝の末に、JFAの責任下で講じられる、極めて厳格な防疫措置を条件に承認された「特例」がある。
まず日本への入国に関しては、海外出国前の72時間以内に受けたPCR検査で陰性が証明されて初めて航空便に搭乗できる。日本への到着時にも空港内で抗原検査を受け、さらに入国翌日から3日間連続で受けるPCR検査ですべて陰性が確認されて初めて試合に出場できる。
この条件があるため、帰国が火曜日になれば、木曜日の韓国戦には自動的に出場できない。だから、チャーター機を手配するという異例の手段で、吉田と守田を月曜日中に帰国させたのだ。
国内組の選手たちも、代表合流時にPCR検査で陰性を確認。練習および試合以外の時間は、ヨーロッパ組とまったく接触できない状況下に置かれた。具体的には宿泊ホテル内でフロアが分けられ、食事会場や移動時のバス、練習時のロッカールームなどもすべて別々とされた。海外から招へいする審判団を含めて、すべての代表チームを外部から完全に隔離する「バブル」と呼ばれる環境下で活動させる。
各対戦チームにはJFAから連絡係が2人ずつ帯同し、入国から出国までの全行程をサポートする。試合会場となる神奈川、千葉、東京、北九州で8つのホテル、3つのバス会社と契約し、バスの運転手に対してもPCR検査を実施するなど、微に入り細をうがつ体制で「バブル」を徹底していく。
コロナ禍やミャンマーのクーデターで突然宙に浮いた25日
韓国戦に批判も
今回の特例は、目まぐるしく変わる今の世界情勢に適宜応用されることになった。
たとえば、敵地ウランバートルで30日に行われる予定だったモンゴル戦だが、モンゴルがコロナ禍で鎖国状態にある事情から、モンゴルサッカー協会から第三国での開催の要望があった。そこで、アジアサッカー連盟(AFC)との交渉で、千葉でのモンゴル戦開催が特例で認められた。
その矢先に、クーデターを発端とする政情不安が続くミャンマーのサッカー協会が要請した、25日に日産スタジアムで予定されていたミャンマー代表とのカタールワールドカップ・アジア2次予選の延期が承認された。
ミャンマー戦とモンゴル戦のセットで特例に関する折衝が重ねられていた中で、森保一監督は宙に浮いた25日に強化試合を、それも強豪国との対戦を組んでほしいと要望。JFAの技術委員会が打診したのが、ワールドカップ予選2試合が延期となっていた韓国だったというわけだ。
親善試合では10年ぶりとなる日韓戦の構想が報じられた直後から、ネット上では批判が数多く飛び交った。コロナ禍での海外チーム入国や入国後の自主待機期間の免除に対してだけでなく、ここ数年の間に国レベルで関係が悪化してきた韓国を忌み嫌うコメントも少なくなかった。
ヨーロッパや南米、アフリカの各大陸では同時期にワールドカップ予選が開催され、森保監督が望む強豪国を招くどころではない。必然的にアジア勢に限られてくる状況で、ワールドカップに9大会連続で、トータルで10度出場している韓国はベストの選択と言っていい。
サッカー日本代表戦は、東京五輪への布石となるか
実際にプレーする選手たちは、どのように感じていたのか。ともにヨーロッパ組をそろえたベストの陣容で戦い、日本が3-0で勝利した10年前の一戦でも先発フル出場している吉田が言う。「賛否両論はあると思いますけど、この(コロナ禍の)状況下で代表戦を行えるのならばやりたい、というのが選手の本音なので感謝しています。韓国は歴史的に、あくまでもスポーツ的にライバルチームだし、その意味ではこの10年間、韓国と対戦するのをずっと楽しみにしてきました」
その上でU-24代表戦を含めた4試合が持つ、別の次元にある意義を吉田は付け加えた。いわく「もちろんオリンピックのテストが含まれている、というのは選手おのおのが理解しています」
「僕らの行いによって、オリンピックに向けたいろいろなことが左右されると理解しています。すべてのオリンピアンの期待を背負っている、という状況を重々理解しながらプレーするのは、今回の3月シリーズにおいて非常に大きなウエートを占めているんじゃないか、と」
今回の「バブル」を完遂させれば、他の競技団体が外国選手団を入国させて活動する今後へのモデルケースとなるだけでなく、東京五輪・パラリンピックの成功にも通じていくと吉田は力を込めた。実際に日韓戦には、東京五輪・パラリンピック組織委員会のスタッフも視察に訪れている。
3月シリーズに臨む選手たちを含めたすべての関係者は、日本での活動を終えた後にもPCR検査を受け、陰性が証明されて初めて宿泊ホテルからの移動や出国が許可される。あらゆる方面へ神経をとがらせながら、東京五輪・パラリンピックへ向けた新型コロナウイルスとの闘いは続いていく。
(本文敬称略)