大石又七さん死去

大石又七さん死去

 

2021/3/22 毎日新聞

 

 

静岡県出身。14歳で漁師になり、第五福竜丸に乗り組んで操業していた1954年3月1日、太平洋・マーシャル諸島ビキニ環礁で米国が実施した水爆実験による放射性降下物「死の灰」を浴びた。

平和研究が専門の竹峰誠一郎・明星大教授は「(差別や偏見から)第五福竜丸の船員の多くが沈黙せざるを得ないなか、大石さんは証言した先駆者。

大石さんの存在なくしてビキニ事件の深さや背景は語れない」と功績を語った。大石さんと一緒にマーシャル諸島を訪ねており、「マグロやカツオの知識が豊富で、船に乗った時は輝いていた。被害を受けなければ太平洋の海と生きた人なのだろう。優しい人だったが、証言には悔しさや怒りがあった」と思いをはせた。