1972年2月 あさま山荘事件 加藤倫教

 1972年2月19日、連合赤軍の若者5人が、一人の女性を人質に取り、あさま山荘に立て籠もった。

 2月28日まで10日間続く、「あさま山荘事件

 

 

  警官隊に囲まれ、籠城を続ける最中の2月21日、アメリカ合衆国ニクソン大統領が中国を電撃訪問する。山荘内のテレビでこのニュースを見た若者たちは衝撃を受ける。

 あさま山荘事件犯人の一人、加藤倫教は、この時のことを次のように語っている。

 

 「私や多くの仲間が武装闘争に参加しようと思ったのは、アメリカのベトナム侵略に日本が加担することによってベトナム戦争が中国にまで拡大し、アジア全体を巻き込んで、ひいては世界大戦になりかねないという流れを何が何でも食い止めなければならない、と思ったからだった。私たちに武装闘争が必要と思わせたその大前提が、ニクソン訪中によって変わりつつあった。

ーーここで懸命に闘うことに、何の意味があるのか。もはや、この戦いは未来には繋がっていかない……。

 

 そう思うと気持ちが萎え、自分がやってしまったことに対しての悔いが芽生え始めた。」(加藤倫教『連合赤軍 少年A』2003年)