『遙かなノートル・ダム』 森有正 (1967年 筑摩書房)

 

『遙かなノートル・ダム』 森有正 (1967年 筑摩書房

「霧の朝」

 戦争を人間に対する悪であり、障害である、と公言している連中が、体験の切実さに、読者と共に参ってしまって、悪や障害から結局何かを吸い取り、体験が増大したのを(体験はどんなアホウの中でも機械的に増大する)自己の経験が深まったのととりちがえているのである。中には戦争のおかげで平和主義になれたような人まである。僕はそういう体験主義は一切信用しないのである。パスカルが「人間は考える葦である」と言った時、そういう体験主義を根本的に否定しているのである。

 日本国全体に対しても同じことが言える。平和憲法、たしかに結構である。しかしその成立に、体験的要素が余りにも多い(ことに日本の場合)ことを考えると、平和主義に対して一度懐疑的にならないのは、どうしても間違っていると思う。デカルトは真理であると思われることを一度、真剣に、徹底的に疑う勇気をもっていた。言いかえれば、自分を疑う勇気をもっていた。考えてみるがよい。中共武装し、原子力までもつようになった。ソ連はいうまでもない。フランスまで原子力武装をはじめた。非戦主義のインドがパキスタンに攻め込んだ。平和憲法に保障された日本で内心それらの国が自国よりすぐれた国だと思っている人がたくさんいる。ことに平和主義者にそれが多い。他方平和主義国であるはずの日本が民主主義的に選ばれた政府の手で米軍に基地を提供している。こういう苛烈な現実の中で、平和がどれだけ困難なものであるか、一度、平和そのものの根拠まで掘り下げ根本的に疑って出直さないと非常にあぶないのである。旅先で外国人から戦争抛棄をほめられて悦に入っているなど問題外の醜態である。憲法が戦争を抛棄したから急に平和が大切になるのはまったく逆で、法律などあってもなくても、平和が大切なのであり、敗戦があったろうがなかったろうが、平和は大切なのである。こういうとそれは理想論で、かつ観念論である、遠くにいて、日本の現実の経験にうといから、そいうことを言うのだという反対が出るのはわかりきっている。それを承知の上でこれを書くのである。憲法改正反対にどれだけの努力がされているかもよく知っている。
 しかし、いわゆる体験と異なる本当の経験は正しい理想の上に立つものである。幸いにして、日本には、なくなられた東大総長矢内原忠雄氏のようにキリスト教平和主義に立ってあの暗い戦争中、迫害の嵐の中を節操を貫き通した人がいた。またその平和主義の故にあるいは獄窓につながれ、筆を折られ、日常生活の上まで苦汁をなめ通して来た人々が何人かあった。こういう人々にとって、戦争は悪であり、人間にとっての障害であり、それに抵抗し、克服し、棄て去るべきものである以外の何ものでもなかった。そこにはロマンチスムの片影さえもなかった。こういう人々の苦闘のあとを継ぐのでなかったら、戦争にまけたおかげで出来上がった法律や平和運動はやがて吹きとんでしまうであろう。それには平和、平和と馬鹿の一つおぼえのように口にするのではなく、こういう人々の信仰、信念、思想、ことにその意志の決定全体の根拠に深く思いをひそめるのでなければならない。