(喪の旅)言葉をたどる、妻がどんどん近くなる 歌人・細胞生物学者、永田和宏さん

(喪の旅)言葉をたどる、妻がどんどん近くなる 歌人・細胞生物学者永田和宏さん

2021/1/13 朝日新聞

 

 竹林が茂る京都市左京区の自宅1階。鎮痛剤のモルヒネがきいて、しばらく眠っていた妻が目を覚ました。2010年8月11日のことだ。

 不思議そうに家族を見まわす妻。口元がかすかに動き、何かをつぶやき始めた。

 傍らにいた夫の永田和宏さん(73)は見逃さなかった。「歌だ」。すぐさま原稿用紙に書きとめた。10分ほどで数首ができあがり、おしまいはこの歌だった。

 《手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が》

 その翌日に妻は逝った。戦後を代表する歌人河野裕子(かわのゆうこ)。00年に乳がんが見つかり、再発、転移に見舞われた。闘病は10年に及んだ。

 死へ近づく時間の残酷さ、残していく家族への思い……。妻は薬袋やティッシュペーパーの箱にまで薄い鉛筆で歌を残した。最後まで歌人を貫いた、64年の生涯だった。

    *

 ふたりは学生の歌会で知り合った。妻は在学中に新人の登竜門、角川短歌賞を受賞して華々しく活躍。1972年に結婚した。永田さんは塔短歌会の主宰として、夫婦で短歌界をリード。長男と長女も歌人になり、「歌壇のサザエさん一家」と呼ばれる仲のよさだった。

 歌人であり、細胞生物学者でもある永田さん。正月から大学の研究室につめ、ほぼ休みのない生活を続けていた。それでも永田さんが家に帰ると、ふたりでよくしゃべった。ささいなことでも、妻は身をよじってコロコロと笑った。

 感情をぶつけあってけんかもした。でも永田さんの仕事が一段落つくと、「飲もうか」と夜明けまで酒盛りになった。仕事の構想も話すほどに盛り上がった。「あなたの話、どんどん大きくなるわね」。おだて上手な妻。いっしょにいると自信がわいた。

 お互いを歌の対象にした相聞歌はそれぞれ500首にもなる。永田さんの創作欲は妻亡き後も変わらなかった。

 《あほやなあと笑ひのけぞりまた笑ふあなたの椅子にあなたがゐない》

 朝起きてきて、ひとりテーブルにつく。あ、いつも自分の右斜め前に座っていた彼女がいない。台所に一番近い椅子はからっぽ。こみあげる喪失感をこの歌にこめた。

 時間が忘れさせてくれる。まわりの励ましには違和感を覚えた。

 《わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ》

 「忘れないで、何度でも思い出してやらんと。生きていてやらんといかん。河野のことを僕以上に知っている人間はいないんだから」

 永田さんはその後、講談社エッセイ賞や現代短歌大賞を受賞する。「すごいわね!」と、妻がいたらどんなにほめてくれただろう。見てもらえないのが悔しかった。

 そのひとの前だと自分のいいところが出てくる。それがひとを愛することなんだ。妻がいなくなり、しばらくして気づいた。「そのひとを失うと、輝いていた自分もなくなってしまうようで悲しいんだ」

 《ゐてほしいとおもふのはもうゐないとき 鍵をまはして戸を開けるなり》