美輪明宏「どんな困難に遭遇しても、絶望することはありません」

 

美輪明宏「どんな困難に遭遇しても、絶望することはありません」
 
婦人公論』12月22日・1月4日号
 
 
◆少しでも気持ちが晴れるように
2021年の鍵を握るのは、間違いなく新型コロナウイルスの治療薬とワクチン開発でしょう。しかし一方で、それらを金儲けや政治の道具にするような動きも見られ、コロナと同じくらい恐ろしい。卑劣で憎むべき所業です。日々、報道などを目にして鬱々としている方もいらっしゃるかもしれません。
冬を迎えると、着るものから景色までモノトーンになって、さらに気持ちも沈みがちに。ならば私は、少しでも皆さんの気持ちが晴れるように、華やかな色を纏いましょう。そんなふうに思うのです。
◆絶望しそうになったら歴史を振り返るといい
この先どうなるか、確かなものが何もないわけですから、不安に思う方が多いのもいたしかたありません。だからといって、コロナのことばかり考えていると、絶望的になります。
そんな時は、歴史を振り返ってみるといいと思います。江戸時代には天明の飢饉など、数々の危機がありました。この100年を見ても、関東大震災で東京はほぼ壊滅し、戦争で日本は徹底的にやられてしまったではありませんか。でも関東大震災で何もかも失われた後に、日本のアールデコともいうべき素敵な文化が生まれました。戦後の復興も、皆さんよくご存じのはず。
どんな時にも、人間は生きてきました。私など、長崎で原子爆弾の投下にあった被爆者ですが、それでも生き延びてきたのです。人間の復活力や生命力は、たいしたもの。私が長崎から東京に出てきたのは終戦後、まだ焼け跡から人々が立ち上がりはじめたばかりの頃でした。皆、バラックに住んでいて、闇市があった時代です。そこから日本は復興を果たしました。
ですから、絶望することはありません。経済的に逼迫しても、何があっても、「それでも生きていくんだ」という強い思いを心に持つことが大切です。
◆《同情してほしい病》はみじめっぽい
自分自身のことを振り返ってみると、この85年間、エレベーターみたいに上がったり下がったり、いろいろなことがありました。筆舌に尽くしがたいような出来事も、多々経験しています。
「美輪さんはさまざまな苦労もあったのに、なぜそれが様子に出ないのですか」と聞かれることがありますが、私は、「どうやって出せばいいのですか」と答えます。まあ私は、やせ我慢する性質なのでしょう。それを「美学」なんていうと、ちょっとかっこいいですけどね、そんな結構なものではありません。ただ、見栄っ張りなだけ。(笑)
世の中には、ことさら「私、かわいそうでしょう」と見せたがる《同情してほしい病》の人がけっこういます。でも、そういうものを売り物にするのは、みじめっぽい。やはり「こちとら、江戸っ子でい」と、東京っ子の潔い心意気を参考にしたいものです。
健康面でも、決して恵まれていたわけではありません。子どもの頃から、病気の百貨店のような状態。なにせ10歳で被爆していますから、その影響もあるのでしょう。実にさまざまな病気を潜り抜けてきました。
2009年には公演中のアクシデントで右手首を粉砕骨折しましたし、19年秋には脳梗塞にもなりました。ところがどういうわけか、すぐに快復してしまいます。粉砕骨折の時は、医師に一生腕は使えないだろうと言われたのに、4ヵ月で元に戻りました。そういう奇跡が起こる体質なのでしょうか。
ですから何が起きても、「またか」という感じで、そんなに深刻にはなりません。病気になってもとくに落ち込むこともなく、「すぐに治るに違いない」と前向きに考えますし、困難に遭遇しても「今にみておれ」(笑)。そう思っていると、脳も身体の細胞もポジティブに働いてくれる気がします。
ところが世の人は、なにか不安材料があると悲観的になりがちです。今年はとくにコロナのせいで、ネガティブな気持ちになっている人が多いようですね。
コロナに関しては、私も新聞やテレビの報道をよく見ています。ただし一喜一憂せずに、冷静に見るようにしていました。感情的に見ると、精神がやせてしまい、ろくなことはありませんから。人間、いざ思いがけないことや困難に遭遇した時、一番邪魔になるのはなんだと思いますか? 実は「感情」や「情念」といったものなのです。
人間は、肉体と精神でできています。肉体の健康を維持するためには、食糧が必要。ではもう一方である精神の健康を維持するにはどんな食糧が必要なのかというと、「理性」や「理知」です。ところが不安や困難に見舞われると、理性が吹っ飛んでしまいがち。つい、泣いて嘆いて愚痴をこぼしたり、落ち込んだりしてしまいます。なかには、お酒に頼る人もいるでしょう。
でも、それで問題解決になるのかと言ったら、なんにもなりゃしない。心を病んだり、胃が悪くなったりするだけです。だったら、どうしたらいいのか。
感情を全部追い払うのです。要は理性を働かせて、石像のように冷たく沈着になることです。そして今やるべきことを整理して、優先順位をつけていく。家族や職場など対人関係の問題、健康不安、経済不安、どれをまず解決すべきか。そのためにはどうすればいいのか、方法論を冷静に考えることが大事です。
もし心身の健康に不安があるなら、どの病院の何科に行くのか。場合によってはセカンドオピニオンを求め、納得のいくところに決める。
そんなふうに整理していけば、悩んだり、苦しんだり、怒鳴ったり、憂鬱になって人にあたる必要も時間もないはずです。
◆アナログ文化を学び直し、できることを見つけて
日本の文化は、実に奥が深いものがあります。たとえば平安時代の貴族の女性たちは、出かけることもほとんどなく、家にこもって暮らしていました。女性から男性に会いに行くこともできず、殿方が会いに来てくれるのを、ただ待つしかありません。そうした日々のなかから、和歌や日記文学といった文化が生まれました。
日本のすばらしい手工芸も、家にこもって作るものがほとんどです。機織りや染色、刺繍なども、気が遠くなるくらい手間暇をかけて作ります。
江戸時代には町人がさまざまな文化を生みました。たとえば浮世絵。歌川広重葛飾北斎喜多川歌麿などが名を馳せた浮世絵は、やがて世界的画家であるゴッホゴーギャンにまで影響を与えます。明治・大正、昭和初期には、日本画が見事に完成されていった。世界に自慢できる文化です。
なんでも日本の色は、3000色もあるそうですね。そして、お納戸(なんど)色、朱鷺(とき)、水浅葱(みずあさぎ) 、萌黄(もえぎ)色など、素敵な名前がついています。先ほどの歌曲の例でいえば、「城ヶ島の雨」で北原白秋が書いた「利休鼠(りきゅうねずみ)の雨がふる」とは、利休好みの緑色を帯びた灰色の雨がふるということです。
昔、ピエール・カルダンというフランスのデザイナーが来日した時、お会いする機会がありました。私が「日本の美術工芸をご覧になってどうでしたか」と尋ねたところ、フランスが世界一だと思っていたけれど日本のものには敵わないとおっしゃった。日本は、デジタルとは対極の、アナログの宝をたくさん持っているのです。
今年のように家に閉じこもらざるをえないのなら、本や映像などで日本のアナログ文化をもう一度学び直し、そのなかから何かしら自分にできるものを見つけてみてはいかがでしょう。
最近は若い方のなかにも、たとえばフィギュアスケート羽生結弦さん、将棋の藤井聡太さんなど、お手本にしたい方がいらっしゃるので嬉しい限りです。それぞれの分野ですばらしい成績をあげているけれど、闘争心はむき出しにせず、さりげなく。そして立ち居振る舞いが美しく、まわりの人への気遣いもすばらしい。まさに大和心を体現しておられる。そうした方々を見ていると、日本もまんざら捨てたもんじゃないと思います。
こういう時こそ、目の前のことに一喜一憂するのではなく、理性と理知を働かせて、自分を磨き上げる。そして、もう一度、日本の歴史や文化を見直してみる。2021年、皆さんがそういう豊かな時間をお過ごしくださるよう、心から願います。
(構成=篠藤ゆり)