古在由重 『暗い時代の人々』 森まゆみ

古在由重 『暗い時代の人々』 森まゆみ 亜紀書房 2017年

 

大学卒業後の昭和四年、古在由重は東京女子大学の講師になっていた。当時、思想善導という文部省の基本方針により、女子大にも倫理学の授業が用いられた。古在はこの科目で採用された。社会科学研究会、いわゆる社研が設立され、昭和二年二月には、東京女子大日本女子大、女子高等師範学校などの学生が女子学連を組織していた。オクテの若い倫理学教師は学生に問い詰められる。
「一体、先生は階級闘争を是認するのかどうか」。若い古在は答えた。「社会正義のために是認せざるを得ない」
 昭和五年春、一人の学生が来て頼んだ。「実はモップルという解放運動犠牲者の後援会がある。先生、それに協力してもらえないでしょうか。たしかに先生は理論と実践の統一ということを授業でおっしゃった」
 すでに三・一五、四・一六の弾圧の後で、戦争への道を押しとどめる反戦平和の運動家たちは、官憲に目をつけられ、会合の場所も持てないでいた。女子学生が依頼したのは資金と会合のためのアジトの提供であった。この人はいまでは大陸浪人として知られた宮崎滔天の姪の宮崎哲子であるとわかっている。ここにも奇しき縁がある。
 古在は当時、東京帝国大学図書館の司書をしていた友人の吉野源三郎に相談すると、「やるべきだ」と吉野は言った。古在も「あぶないという恐怖の心理以外、否定する理論的根拠はないと思う」と答えた。
 古在によれば、女子大の倫理学の教師として自分に期待されていた役割(思想善導)とは、女子学生の赤化の抑止だった。しかし、思想善導どころか当の女子学生に導かれて社会主義の運動に入ったというのだから興味深い。


古在由重 1901~1990 マルクス主義哲学者 

 1912年に発足した戸坂潤らの「唯物史観研究会」と機関誌「唯物研究会」の中心メンバー。

 1933年、1938年の2度にわたり、治安維持法違反で逮捕。

 戦後は原水爆禁止運動に参加。

 1984年、原水爆禁止運動の方針をめぐって共産党と対立、除籍処分を受ける。