いのちの政治学~コロナ後の世界を考える「隣人と分かち合う。ともに飢え、ともに祈る。ガンディーの姿が伝えたこと」

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自分たちの大地を取り戻す──スワデーシー

中島 さて、ガンディーが展開した運動には、いくつかキーワードになる言葉がありますが、中でも私たちにとって重要なテーマになると思うのが「スワデーシー」です。
 この言葉は、しばしば「自国品愛用運動」と訳されますが、それだけではありません。ガンディーはそこに、単なる外国製品排斥を超えた深い意味を込めていました。
 背景にあったのは、ガンディーより少し前の時代の独立運動家、ダーダバーイー・ナオロジーによる「富の流出」論です。当時のインドは綿花の一大産出国だったのですが、その加工品を大量生産する技術はなかったため、綿花をイギリスに輸出する一方、そこで生産された衣類などを大量に輸入していました。もちろん原材料より加工品のほうが高価なので、インドの富はどんどんイギリスへと流出していく。ナオロジーは、植民地支配下におけるこの「富の流出」構造を変えなくてはならないと主張したのです。
 そのために、ナオロジーを含む多くの独立運動家たちは、インドもどんどん機械化を進め、高付加価値の加工品を大量生産できるようにすべきだと考えました。しかしガンディーは、これに真っ向から反対します。それではまた、近代文明の別のシステムへと組み込まれていくことにしかならないと主張したのです。
 そこで出てくるのが「スワデーシー」です。ガンディーは著書の中でこう書いています。

スワデシーの信奉者は注意深く自分をとりまく状況に目をくばり、たとえ外国製品より品質が劣り、あるいは値段が高くとも、土地の製品を優先することで、できうるかぎり隣人たちを援助することになるでしょう。彼は商品の欠陥を改善しようと努めますが、欠点ゆえにそれらを見限り、外国製品を採用するようなことはしないでしょう。(『ガンディー 獄中からの手紙』岩波文庫

 あっちのほうが品質がいいから、安いからではなく、身近な隣人がつくったものだから買う。そうすることで市場の原理そのものを乗り越えなくては、富の流出は避けられないとガンディーは考えたわけです。
 ヒンディー語で「スワ」は「自ら」、そして「デーシー」は「国」と訳されることが多いのですが、「土地」とか「大地」という意味も含んだ言葉です。つまり、ただ国産品を使おうというのではなく、自分の土地、自分たちの大地を取り戻すんだというのが、ガンディーの考えたスワデーシーだったと思うのです。

若松 「買う」という営みは本来、単に自分の生活を潤すための行為ではなく、ある意味で支持の表明、投票行為だと思います。そう言うと、「不買運動」のようなものばかりに目がいきがちですが、実際には日常的に「買う」ということそのものが、とても大きな賛意の表現であり、誰に未来を託したいのかという意思の表明です。買う人がいなければ、それをつくった会社や売っているお店は潰れてしまうわけですから。
 事実、外出もままならないコロナ禍の中では、その「買う」という支持表明を私たちがうまくできなかったために、なくなってしまった店や企業もたくさんありました。

中島 「買う」ということ自体が、倫理的な行為なんですよね。私たちが何を大切にし、誰を支えるためにどこからものを買うのかということが、このコロナ禍の中で、よりいっそう私たちに突きつけられていると思います。
 多少高いと思っても、「買う」ことによって誰かを支え、そしてまた自分も支えられる。そうした有機的な人のつながりを生むことが、ガンディーの考える「スワデーシー」だった。そしてこれは、ガンディーが「手を使う」ということに意識を傾けていたこととつながっている気がします。チャルカーという昔ながらの糸紡ぎ車で糸を紡ぎ、カーディという手織りの布を身にまとうことを、彼は非常に重視しました。南アフリカ時代に執筆された著書『ヒンドゥー・スワラージ』の中でこう書いています。

機械などやっかいなことに人間たちが巻き込まれると、奴隷になり、自分の道徳を捨てるようになる、と祖先たちは分かっていました。祖先たちは熟慮し、私たちは自分の手足でできることをしなければならない、といったのでした。手足を使うことにこそ真の幸せがあり、そこにこそ健康があるのです。(『真の独立への道(ヒンド・スワラージ)』岩波文庫

 糸を紡いで布を織る、そしてその布を身にまとうということは、単に糸や布に触るということではなくて、その奥にある何か魂のようなものに触れることだという感覚がガンディーにはあったのだと思います。