海洋放出の是非を考えるのに欠かせない「トリチウム水」への理解 ALPS処理は有効なのか、発表データは正しいのか、様々な疑念が生じやすい「水」 小山良太 福島大学食農学類教授

海洋放出の是非を考えるのに欠かせない「トリチウム水」への理解

ALPS処理は有効なのか、発表データは正しいのか、様々な疑念が生じやすい「水」

小山良太 福島大学食農学類教授

 

2020/7/8

https://webronza.asahi.com/national/articles/2020070300002.html?page=5

 

 

 

5.トリチウム水の処理をどう考えるか

 第1は、今回処分を検討されているものが、通常炉と異なり事故炉から排出された汚染水を処理したトリチウム水であるという問題である。

 

 2019年11月17日、衆議院議員細野豪志氏が『福島原発処理水の海洋放出を決断する時だ-福島に寄り添い、差別とは断固として戦う-』と題する論考を論座にて公開し話題となった。トリチウムの科学的な性質、WHOの定める安全基準、通常炉である原子力発電所からはトリチウムが常時排出されていることを示し、海洋放出という処分方法は理にかなっているというものである。

 

 たしかに、通常運転をしている原子炉からトリチウム水は排出されており、世界を見ると日本と比べ膨大な排出量の国も存在する。それ自体を問題視する意見もあるが、これまでも排出していたのだから、今回も同じことをするだけという考え方はあり得るだろう。

 ただし、今回の処分の問題は、世界中で注目された福島第一原発廃炉の過程で排出された汚染水をALPSで処理し、トリチウム以外の核種を取り除いたうえで放出するという2重3重に説明を要する「水」である。そのため、核燃料に触れた汚染水自体を放出するのではないか、ALPS処理で本当に他の核種を取り除けているのか、発表されたデータ自体に誤りがあるではないか等、様々な疑念が生じやすい「水」なのである。

 トリチウム自体の科学的性質や国際基準の説明、処理方法自体の解説を丁寧に行い、国民的な理解が醸成されることが処分方法(あるいは貯蔵)を考える上での前提となるといえる。だが、これが出来ていないのである。

 第2は、これに関連して現在タンクに溜まっているALPS処理水の2次処理の問題である。実は、現在のタンクにはALPS処理後であるが、トリチウム以外の核種が取り除けていない状態の「処理水」が保管されている。小委員会報告書には下記の注が付されている。

 ALPSはトリチウム以外の62種類の放射性物質を告示濃度未満まで浄化する能力を有しているが、処理を開始した当初は、敷地境界における追加の被ばく線量を下げることを重視したことなどにより、タンクに保管されているALPS処理水*の約7割には、トリチウム以外の放射性物質が環境中へ放出する際の基準(告示濃度限度比総和1未満)を超えて含まれている。ALPS小委員会では、こうした十分に処理されていない水について、環境中に放出される場合には、希釈を行う前にトリチウム以外の放射性物質が告示濃度比総和1未満になるまで確実に浄化処理(2次処理)を行うことを前提に、ALPS処理水の取扱いについて検討を行った。したがって、本報告書の中のALPS処理水の表記については、特段の断りがない場合には、トリチウムを除き告示濃度比総和1未満のALPS処理水を「ALPS処理水」とし、十分処理されていない処理途中のALPS処理水を「ALPS処理水(告示比総和1以上)」とし、この二つ(ALPS処理水とALPS処理水(告示比総和1以上))を併せて指す場合は「ALPS処理水*」とすることとする。

 報告書の当初案では、この「十分処理されていない処理途中のALPS処理水」を「ALPS処理水(告示比総和1以上)」ではなく「中途ALPS処理水」と表記していた。当然、処分の際には2次処理(再度十分な性能を有する状況のALPSを通す)を行い、トリチウム以外の核種は告示濃度比総和1 未満まで取り除くことになるわけだが、この過程を説明し、この処理を担当する東京電力の実効性の担保を多くの国民に「理解」して貰うことは、単純な話ではない。相当に「丁寧」な説明が必要になると思われる。

 

拡大タンクが並ぶ東京電力福島第一原発=2017年2月

 

 第3は、トリチウム総量約856兆ベクレル(Bq)を放出するとなると、希釈して濃度を基準値以下に下げたとして、事故前の排出量以上の量を毎年放出し続けなければならない点である。

 東京電力の試算によると、2025年に放出を開始した場合、年間22兆ベクレルずつだと2053年まで処分期間を要する。同様に、50兆ベクレルは2041年、100兆ベクレルだと2033年となる。廃炉までのロードマップが30-40年を想定しており、廃炉と共に放出を完了する場合でも、年間22兆ベクレルのトリチウムを毎年放出しなければならない(事故前の福島第一原発の年間放出量は2.2兆ベクレル)。事故前の10倍の量を30~40年流すということである。

 つまり、例えば海洋放出をする場合、トリチウム水の処分は数十年に渡り継続するため、漁業者は1、2年の我慢では済まず、長期間にわたりこの問題に向き合わなければならない。風評問題を含む様々な課題に対処しなければならなくなるのである。