(インタビュー)社会を覆う「正しさ」 新型コロナ 医療人類学者・磯野真穂さん

 (インタビュー)社会を覆う「正しさ」 新型コロナ 医療人類学者・磯野真穂さん      2020/5/8

digital.asahi.com

 

 ――新型コロナへの恐怖が引き起こしている事態でしょうか。
 「違います。新型コロナは世界的なインパクトゆえにか、その『新しさ』ばかり語られます。ですが、いまその結果として社会で起きていることは『古典的』と言ってもいいくらいです。感染拡大を助長していると批判を受けたのは最初は若者、そして、夜の街にいた人たち、さらにパチンコ店やそこに出入りする人たちです」
 「つまり、コロナが起きる以前から『社会秩序を乱す』と名指しされがちだった集団に向けて、『正しさ』のこん棒が振るわれているのです。歴史的な事例を引けば、文化人類学者のメアリ・ダグラスがヨーロッパのハンセン病の隔離施設に入れられた人たちについて述べた論考があります。社会的に隔離された人たちの遺体などの記録を見ると、多くは貧困層で、隔離された人の中にはハンセン病にはかかっていなかった人たちも含まれていたそうです」
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 ――どうつながるのですか。
 「『感染の危険から社会を守る』ことを錦の御旗に、実際は、社会秩序を乱すとみなされていた人々が排除されていったのです。『感染リスクをゼロにするべきだ』という正しさは、強い排除の力を生み出します。社会の『周辺』にいる人に対して特に強い力が働く。リスクはゼロか1ではいえないのに、『安全な人や集団』と『危険な人や集団』を分けてしまう。パチンコ店のケースは確かに行政主導の『発表』でしたが、個々人が普段から抱く秩序を乱す者を排除したいという感覚が、排除に拍車をかけたように見えます」
 「そして、その排除の力はいま、医療従事者にも向かっています。陽性患者が出た病院の医療従事者が他の医療機関での受診を断られたり、子どもが保育園への通園を拒否されたりするニュースが2月以降、続きました。この二つの話は危険の排除という点でつながっているのです」
 「『感染者を救うため、頑張ってください。応援しています』とエールを送りながら、『でも濃厚接触者のあなたは私のテリトリーには入らないでください』と表明する。『あなたの無責任な行動が医療崩壊を招き、死者を増やす』と呼びかけ、個々人に危機感と責任感を植え付けて思考と行動の変容を促す方法が怖いのは、まさにこの点です。自分や他人を監視しあう社会を生むのもさることながら、自分や自集団が感染しないために、感染リスクの高い人や集団を排除するという判断を、いやが応でも生むことにつながります」
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 ――感染の恐怖とともに、「世界大恐慌以来」とも形容される経済の先行きへ恐怖も広がります。日本でもすでに日々の生活を営むのも難しい人が多く出ています。
 「感染症の拡大を抑止するのか、それとも経済的なダメージを低減することを優先するのか。こう語られますが、私は、命か経済かではなく、命と命の問題だと考えます。感染症による死も、生活苦による自殺や病死も同じく命の問題です。『命か、経済か』でトレードオフできる問題ではない」
 「会社が倒産して、失業して生活苦で生きていけなくなることも感染症にかかることと同様に人間にとって大きなリスクです。それに、人と人が直接会って交流できないことは、社会の死を意味すると、私は考えています」