安田純平さんが帰ってきた

安田純平さんが帰ってきた

危険地を敬遠する組織メディアの記者たち。危険地取材の意義を改めて考えたい

石川智也 朝日新聞記者 2018/10/26




危険地取材の要件

 「安田純平さんを忘れないで」で論じたが、ジャーナリストの現場取材に対する市民の目は厳しさを増しており、それに乗じるように、政権の報道への圧力・統制が強まっている。組織メディアが危険地取材の決断に踏み切るための環境は、より悪化しているといえる。このままでは危険地取材が細り、取材ノウハウも失われかねない。

 1994年に取材途中の飛行機事故で不慮の人となったフジテレビの入江敏彦カイロ支局長は、生前にのこした論文で、万が一の危険を伴う取材には以下の要件があるとしている。

1. 本人がその取材を行う意思があるかどうかの確認
2. 死亡・負傷時の保険の確認
3. 訴訟問題のクリア(死亡、負傷した際も会社相手に訴訟を起こさない旨の誓約書)
4. 遺族に対する補償制度の完備
5. 危険に見合った手当
6. 現場での判断を優先させるシステム(現場で危ないと判断した場合は本社が強制できない。結果的に安全であってもその判断をもって処罰の対象としない)
7. 事故が発生した際、直接指示をした東京側の人間への責任の回避(万が一死亡することがあっても取材を命じた者の責任としない)

 そのうえで、「死亡者や負傷者が出てもこれを甘受する態度が必要だ。同業他社や雑誌などのマスコミが騒ぐことがあっても、条件は上記のとおり、取材するかしないかは本人の判断と責任ということで本社が動揺してはならない。その屍を乗り越えて取材を続けていく決意が本社にないなら、安易に危険取材などすべきではない」と記している。

 もちろん、テレビ局や新聞社、通信社のなかにも、果敢に現場に何度も足を運んでいる記者は多くいる。組織メディアを批判しフリー記者との対立を煽るのはこの稿の目的ではない。

 ことなかれに陥らず、的確に状況を見極め、必要なら恐れず決断を下す。こうした難しく重い判断を重ね積み上げていくには、組織人かフリーランスかという垣根を越え、取材ノウハウを共有していくしかない。

 過去にジャーナリストが巻き込まれた事件や危険な体験を検証して教訓とし、危機管理について議論や研修をする――そんな仕組みを、日本記者クラブ日本新聞協会、日本民間放送連盟などが協力して構築していくべきだろう。

 後藤健二さんの事件の際は、殺害映像が流れた途端、報道が「自己責任」批判の弾劾調のものから、足跡を追悼する美談調のものに一転した。2004年にイラク武装組織に襲撃され亡くなった橋田信介さんと小川功太郎さん、2007年にビルマで政府軍兵士らしき男に射殺された長井健司さんについても、追悼報道が落ち着くと、当初あった「避けられた死」だったのでは、という疑問はメディアから姿を消した。取材経験への過信はなかったか、日程の組み方に無理はなかったか、状況判断に誤りはなかったかという検証は、その後ほとんどなされていない。

 安田さんの拘束をめぐっても、トルコ国境からシリアに入ってすぐ、一緒にいた案内人かコーディネーターが裏切ったのではないか、という指摘がある。本人の証言を待ち、体験を今後の報道活動のために活かしたい。