香山リカ、「アイヌ否定問題」で小林よしのり氏に反論

香山リカ、「アイヌ否定問題」で小林よしのり氏に反論

2015/3/21 日刊SPA



  漫画家の小林よしのり氏(以下、小林氏)と1月15日に対談させていただいてから2ヶ月、その模様が雑誌『創』3月号に掲載されてからも1ヶ月以上がたった。

 そもそもそんな対談が行われたことじたい知らないという人も多いはずだし、読んでくれた人たちも目まぐるしい世間の動きの中、すでに終わった話として忘れてかけているのではないだろうか。

 何をどう話したのかについては、私の口から説明する手間を省くようで恐縮だが、まずは雑誌『創』の編集長で対談にも立ち合った篠田博之氏による報告をご覧いただきたい。

小林よしのりVS香山リカアイヌ問題』で激突対論!(篠田博之) – Y!ニュース」
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shinodahiroyuki/20150209-00042922/

 今回の対談のそもそものきっかけをまとめると、次のようになる。

・昨年、札幌の金子やすゆき市議が「アイヌ民族は、もういない」とツイートしたことをきっかけに、ネットを中心に「アイヌ民族否定」の論調が高まり、ついにいわゆるヘイトスピーチデモのテーマのひとつに「アイヌ」が取り上げられるという事態に至る。

ツイッターで、アイヌ民族としてツイートしている人にまで「アイヌなんてもういないのになりすましているだけ」「不正を働いて利権を得ている」といった心ない言葉が平然と浴びせかけられているのを見かねた私が、「言葉による民族浄化が行われようとしている」と雑誌やツイッターなどでこの動きを批判。

・その中で私は、かつて『わしズム』などで「現在の日本に『アイヌ民族』など一人もいない!」「アイヌ『民族のでっち上げ』を許すな!」などの主張を繰り広げており、現在の「アイヌ民族否定」の動きに大きな影響を与えていると考えられる、などと述べた。

・おそらくそれらを目にした小林氏が、昨年11月13日「アイヌは日本国民である」というエントリーのブログで、「言論・思想を封じるのではなく、思想し続けたいわたしに対して、香山リカ中島岳志は答えよ!」と呼びかける(https://www.gosen-dojo.com/index.php?key=joaa6dvgu-1998)。(ちなみに、ここでなぜ中島岳志氏の名前が出てくるかは不明。後に本人にも確かめたが「よくわからない」との返答だった)

 それを受けて『創』での対談が実現したのだが、私としては3時間あまりの中で、ある程度、自分が伝えるべきことは伝え、示すべき資料は示せたつもりだ。

 私の「伝えるべきこと」とは、ただひとつ、「いまネットを中心にアイヌへのたいへんな差別、否定が行われている。その構造は在特会による在日へのヘイトスピーチと同じ。それを食い止めるためには、いまだに保守派にも圧倒的な影響力のある小林よしのり氏の協力が不可欠なので何とかお願いしたい」ということだ。

 そしてそのために、「現在の国際的・学術的の考え方に照らし合わせれば、アイヌは民族でありかつ先住民族であることは疑いようもないこと」「彼らへのアファーマティブ・アクション差別是正や権利回復のための政策)を“利権”“特権”と決めつけるのは誤りであること」「もちろん個別の不正やムダは正すべきであること」を資料などを示しながら説明しよう、と考えたのである。


 小林氏は現在、“同和利権”“在日利権”を否定する立場で差別への反対をはっきり表明している。だとしたら、アイヌが近代の同化政策で生活の基盤や文化を収奪され、結果的に生活格差が生じたことやいまだに差別も残っている現状を伝えれば、それは理解してくれるはずだ。その上で私は、「ネットで広がって当事者にも届いている心ないデマ、差別をなくすためにも、ここはまず小林氏に『アイヌを民族と認めよう』と言っていただく必要があるのです」と協力を仰ぐつもりだったのだ。

 残念ながら対談では、小林氏の主張を変えることはできなかった。そのあたりは実際の対談を読んでもらうしかないのだが、私は「だとしたら、あとは一般の読者や言論人、専門家の感想や検討を待つしかない」と思っていた。

 しかし、その対談の余波は思わぬ流れとなり、いまだに続いているのである。これは本当に予想外のできごとであった。

 小林氏サイドは「そっちが勝手に続けているんじゃないか!」と主張すると思うが、どちらが継続の主たる原動力なのかで争っても不毛なので、ここでは問わないことにしたい。

 たとえば、小林氏は3月10日の「異様な事件が多すぎる」なるタイトルのブログで、一連の「異様な事件」に含める形で、私のことに言及している(https://www.gosen-dojo.com/index.php?key=joq0z57id-1998#_1998)。

 実はこれ以前にも、自身のプロダクションのポータルサイト「ゴー宣ネット道場」(https://www.gosen-dojo.com/)内のコンテンツ「よしりんの『あのな、教えたろか』」ではかなりの頻度で私への批判が登場し、対談後に限っても計20回以上を数える。

 これだけではない。同コンテンツ内のスタッフブログ「トッキーのどうがお願いします」では、小林氏の古参スタッフの時浦兼氏が舌鋒鋭く、時には3日、4日と連続して「香山リカ批判」をエントリーしている(3月14日「香山リカの発言はすべて『口から出まかせ』か。」など (https://www.gosen-dojo.com/index.php?key=joblx8p0w-736#_736)。

 その回数は師匠をはるかにしのいでおり、さらに時浦氏はツイッターを使用していて、そこでも小林ファンと思しき人たちとともに時おり私への批判を繰り広げている。

 私はブログなる発信メディアを持っていないので、小林氏のたび重なる批判にこたえるすべもない。ツイッターは愛用しているが、もともと「著作や出演の告知」「大喜利的なネタの投稿」「プロレス観戦やペットなどの雑談」のために始め、現在はアンチの方々から押し寄せるリプライにときどき応えるという感じなので、時浦氏のブログやツイートにいちいちまじめに返答もしていない。

 それに対して小林氏ファンから「時浦さんにちゃんと答えない香山は卑怯者」といった意見が私のアカウントに寄せられるが、そもそも私が対談したのは小林よしのり氏なのだが、そのスタッフにまでどの程度、まともに返事しなければならないのかが、私にはよくわからないのだ。

 時浦氏は対談の翌日、1月16日にこんなツイートをしている。

よしりん先生はTwitterをやっていないので、香山リカ氏のTwitterでの発言については、私が対応させていただきます。時浦兼 @tokky_ura」

 これが事態をわかりにくくしている。つまり、時浦氏のブログやツイートは小林氏の意見を代弁するものなのか、それともスタッフの単なる感想なのかがわかりにくい。小林氏のブログにはよく「時浦からの電話で聞いたが、香山リカが……」といったくだりが出てくるところを見ると、やはり「時浦氏≒小林氏」なのだろうか。本当によくわからない。


 さて、本来であればせっかく場を借りたので、ここでまとめて小林氏、時浦氏からの膨大な批判にこたえなければならないのだが、何度も言うようにその量がハンパではないのだ。ということで、ここでまず基本的ないくつかの批判に、申し訳ないが「一問一答方式」で答えを述べることをお許し願いたい。そしてもし『日刊SPA!』の読者から「これはオモシロイ! もっとやって」という意見があれば、続きを考えてみたい(笑)。

Q.「自分でアイヌ民族と思ったら、アイヌ民族」、これでは誰でもアイヌ民族になれるのではないか?(1月15日)

A.小林氏やアイヌ否定論者たちは、その人が「アイヌ民族であること」が本人の自己意識から出発する、という点を問題視している。先の金子市議もツイッターで「アイヌは自己申告制ですからね」「私も、選挙に落ちたら○○○になろうかな(ツイッターでは伏字だったが前後のツイートから『アイヌになろうかな』だと推測される)」などと発言。ツイッターでは「アイヌ協会に電話して“私、アイヌだと思うのですが”と言ったら誰でもアイヌになれる」などのデマが拡散された。

 対談でも話したが、アイヌに限らず、現在、民族に関しては「主観的アプローチ(本人の自認)」と「客観的アプローチ(共同体の承認や戸籍など)」の双方を重んじる、というのが世界的な潮流。アイヌでもまず大切なのは、本人の自己意識。しかし、アイヌ協会の会員になる(これは「アイヌ民族」と必ずしもイコールではない。協会に登録していないアイヌ民族も大勢いる)にも、本人の自認だけではなく、定款に基づいた入会申込書に対して客観的審査を経た上で決定される。

Q.アイヌ系日本人でいいではないか?(1月16日)

A.小林氏や否定論者は、「アイヌ民族」の存在を認めることが日本を分断させる動きにつながるのではないか、と懸念しているようだ。しかし、対談でも触れたように国連でのスピーチなどでも、先住民族と承認を得ることが日本からの独立、日本の分断といった動きにつながることはない、と当事者が繰り返し主張している。アイヌ民族の歴史やアイヌ語の研究をしている学者にしても同様で、なぜそのウラに謀略めいたにおいをかぎ取ろうとするのだろう。そんなに陰謀が好きなのか、陰謀がないと納得できないのか、とさえ見えてしまう。

 もちろん、日本にいるアイヌは日本国民にほかならない。「日本人でかつアイヌ民族、かつ北海道の先住民族」でいいではないか? 日本は単一民族でなければ国家としての統一性が保てない、という発想のほうが日本への不信感をあらわしているのではないだろうか。

Q.「民族はいない」という意見を「言論封殺」するのは悪意に満ちた手口である(1月15日)

A.繰り返すが、民族を「歴史的に構成された人間の堅固な共同体」と真正性や客観性を重んじるのはスターリンの民族の定義であり(注・小林氏を「スターリン主義者」と言いたいわけではない)、それは現在の学問的潮流では古い考えと見られている。小林氏が言いたいのは、そういった定義に基づく「民族はいない」という主張なのだろう。だとしたら、「私は古い定義を支持したい」と断った上で発言すべき。

 アイヌの中にはアイヌであることに誇りを持っている人もいれば、いまだに差別を怖れてそのことを隠して生きる人もいる。いずれにしても、「アイヌであること」に対して非常にデリケートで複雑な思いを持ちながらいまも生きる人がいるのに、「私はコタンに住んでシャケを獲ってるアイヌなんて見たことないから、アイヌなんていない」などというのはあまりにも乱暴だ。昨年からの騒動やツイッターでの心ない言葉に傷つき、メンタルヘルス不調を来したアイヌがいるとも聞いている。