交易の道を選んだ民族 『アイヌ学入門』考古学者・瀬川拓郎さん(58)

交易の道を選んだ民族 『アイヌ学入門』考古学者・瀬川拓郎さん(58)

2016年1月10日 東京新聞





 「閉じた世界で自然と共生した狩猟採集民」から「ダイナミックな交易で独自の文化を紡いだ民」へ−。大勢が抱くアイヌ民族観を一変させる一冊だ。伝説、呪術、疫病と多様な切り口を提示。アイヌ文化がいかに成立し変化したのか、それに他民族、特に日本(本州以南)がどう影響したのかを丁寧に謎解きした。


 大陸由来の弥生の農耕文化を積極的には受け入れなかった縄文人の末裔(まつえい)であるアイヌ民族。今の東北地方からロシア領に至る広大な範囲に古くから足跡を残した。強みは海産物、毛皮、砂金など北の豊かな資源。時には摩擦も起こり、あの中国・元と一戦交えたこともあるという。「アイヌの先祖は弥生文化を受容できなかったのではありません。寒冷地で二流の農耕民になるより弥生人と交易する道を選んだがゆえ、あえて弥生化を拒否した。生存戦略に日本との関係が最初から組み込まれ、常に影響を受け続けた。そんな複雑な歴史を語らず、本州系日本人とは歩みが異なる人たちで、ただ狩りをして、という一面的な見方では本当の理解につながりません」


 北海道の旭川市博物館長。アイヌを主要テーマに掲げる数少ない考古学者だ。大学卒業後、職を得た同市で初めて発掘したのが十世紀のアイヌ集落跡。縄文時代から連綿と続く文化史のにおいに魅了され、コロポックル伝説など他分野にもどんどん手を広げた。


 本書はこれまで明らかにした各論に最新の成果と現代アイヌへのインタビューを加え、一般向けに書き下ろした総集編。政治家から「アイヌ民族などもういない」といった無理解な発言が相次ぎ、背中を押した。昨年十一月には三重、島根など五県主催の「古代歴史文化賞」大賞作に。報道で知った市民が祝いの記帳をしたいと来館するほど注目を集めた。増刷も重なり、関心を高めてもらう好機になったと喜ぶ。


 館は市のアイヌ文化振興の拠点。約二千五百点を誇る関連資料を使った展示や学校でのアイヌ民族音楽会など普及活動に努める一方、自身も貪欲な研究者であり続ける。「近年、発掘で多くの情報が得られるようになり、僕が唱えたことが裏付けられつつありますが、自説が検証され、間違いが見つかるのも悪くないんじゃないですか。全部ダメとなるとつらいですが」


 講談社現代新書・九〇七円。 (谷村卓哉)