(ザ・コラム)核廃絶、日本から 「原爆6000発分」を放棄せよ 駒野剛
2016年8月11日 朝日新聞
「なぁ、これ、本物なん?」
「そんなわけないやろ」
子どもの問いかけに母親が答える。
親子の視線の先に鎮座するのは、直径1・52メートル、長さ3・25メートル。黄色に塗られたグロテスクな球体。四角の尾がくっつく。
おどけた名がつく。「ファットマン」、つまり「太っちょ」。居場所は長崎市の爆心ログイン前の続き地近くに立つ原爆資料館で正体は世界初のプルトニウム型原爆。ただし模型だ。
本物は1945(昭和20)年8月9日午前11時2分、長崎駅から北西2・5キロメートル付近で投下され、表面温度約6千度、直径約280メートルの火球になった。約7万4千人が死亡、一面焼け野原と化す。
米国が造った原爆は、2タイプあった。
一つは広島で使われたウラン235を原料にしたもの。もう一つがプルトニウムを用いた長崎型である。いずれも核分裂反応を極めて起こしやすい特性がある。核分裂を一挙に爆発的に起こせば原爆になる。
235は天然ウランに0・7%ある。100%近くに精製すると原爆が造れる。
プルトニウムは自然界に存在せず、原子炉で生まれる人工物だ。原発で燃やされる核燃料は約4%がウラン235、約96%がウラン238。この238が原子炉で中性子を浴びるとプルトニウムに変わるのだ。
原子力発電では、ウラン燃料全体の5%ほどが使用され、残りは「再利用」できるウランかプルトニウムとして残る。
プルトニウムはウランのように濃縮の手間をかけずに、核爆弾を造れる。
一方、「再利用」に着目したのが、「燃やした以上のプルトニウムが得られる」というふれこみの「高速増殖炉」であり、プルトニウムを含む「MOX燃料」を普通の原発で燃やす「プルサーマル」だ。
◇
日本はプルトニウムを約48トン保有している。8キロで原爆一つを造れる、とされるから約6千発分に相当する。米ロなど核武装国を除けば、世界有数の核保有国である。
大量のプルトニウムを取り出し、保有しているのは、日本が核の平和利用を大前提に、再処理が特別に許されているからだ。
しかし、日本の平和利用には赤信号がともる。夢の技術といわれた高速炉も技術の困難さから世界でも撤退が相次ぎ、日本の「もんじゅ」も失敗続き。MOXも価格が通常のウラン燃料に比べて数倍とされる。
3・11後の原発停止で、プルトニウムの原料になる使用済み核燃料の供給が足踏み状態になっているが、政府の思惑通り原発の再稼働が本格化し、完成待ちの青森県・六ケ所村の核燃料サイクル基地がフル操業すれば、さらにプルトニウムが増える。
「これだけ余剰のプルトニウムを抱える日本の本音はどこにあるのか」――。こうした疑念が広がっても不思議ではない。
昨年10月の国連総会の委員会。中国の傅聡・軍縮大使は「日本はプルトニウムを大量保有している」「一部の政治勢力に核武装論がある」と核武装の可能性に触れた。
「日本が明日にも核武装したらどうなるか」と米国のバイデン副大統領は中国の習近平(シーチンピン)国家主席に問いかけた。北朝鮮の核開発で、今年6月、米側が披露した一幕だ。
こうしてみると、両核武装国の間では日本の核武装が心配の種ということらしい。
◇
ならば、逆転の発想で提案してみたい。
「そんなに日本の核武装が心配なら、皆さんも核廃絶しませんか。日本も再処理をやめ、プルトニウムも放棄します」、と。
核の平和利用を呼びかけた有名な提案がある。1953年、アイゼンハワー米大統領による「平和のための原子力」演説だ。
原子力の発電なり医療への応用などで重視された演説だが、こんな主張もあった。
核兵器の保有国に対し、「各国の備蓄から国際的な原子力機関に対して、それぞれ供出を行い、今後も継続する。そうした国際機関は、国連の支援の下で設立されることが望ましい」と求めたのだ。
唯一の被爆国であると同時に、プルトニウム保有大国であり、核兵器の開発の潜在能力も持つ日本こそが、推進できる提案ではないか。広島でのオバマ演説の具体化に、日本こそがまず一歩、踏み出すのだ。
「なぁ、それ、本気なん?」
「そうにきまっとるやろ」
(編集委員)