<いとうせいこう>ずれた時間 福島の声が聞きたい

いとうせいこう>ずれた時間 福島の声が聞きたい
2015年03月06日金曜日  河北新報


 作家のいとうせいこうさんが福島県を訪れ、福島第1原発事故の避難区域などを回った。何を見て、何を感じたのか。河北新報に寄稿してもらった。


 『想像ラジオ』という小説が文庫になったので仙台の書店を回った。二月末のことである。
 小説の主題、背景ともに東日本大震災であり、そこから現われた死者が一人語りをするところから第一章が始まる。だから自分にとって東北の書店に来ることは必須であった。
 仙台で出版をなさっている土方正志さんには前々からお世話になっていたが、今回は翌日に車を出してくれ、福島の放射能被害区域を一緒に点々と巡った。
 南相馬に入って島尾敏雄の墓参りをする頃には早くも20キロ圏内。島尾の短編に出てくる村上海岸に行って、海辺の作業員と猫しかいない様子を眺め、そこから請戸の津波被害を受けた学校校舎へ移動して、二階の窓から福島第1原発を見た。ようやく中に入れるようになった土地からは、避難した人々の残した物、あるいは被災して亡くなった方の遺品かもしれない物が今発見され始めていた。
 さらに、前日に中間貯蔵施設受け入れの発表があったばかりの双葉町大熊町を行き、国道で急に上がる放射線量にため息もついた(私はその日、ウクライナ製の線量計付きの時計をしていたのである)。富岡町では夜ノ森の桜並木の下も歩いた。除染真っ盛りの道端の桜には蕾(つぼみ)がびっしりついていた。枝は桜ではあり得ないほどあちこち切り詰められていた。楢葉町の仮設商店街で買い物もした。
 そこかしこに除染、ガレキ撤去、テトラポッド運送のトラックが走っていた。遠く広がる福島の大地に、それまで無関係だった業者と私たちばかりが動いていた。除染した土をパンパンに詰めた黒い袋が奇妙なほど律義に並べられてそこここに置かれていた。時おり、昼間だけ自宅に帰って来ているらしき住民が幻のように見え隠れした。
 時間がそれぞれにずれていて焦点が合わないのだと思った。放射能地震災害からの復興における時間を狂わせている。地域ごとに汚染の度合いが違えば対策も違う。例えば、いまだに帰還困難であるバリケードの向こうでは時間が止まっているのだ。
 時間軸が分断され、まとまった見通しを立てた言葉がない中、黒い袋を積んだトラックだけが前のめりに走っている。そこで多くの焦点が合う最大公約的な、あるいは最小公倍的な視線をもたらすものは、難しいがやはり言葉しかないかもしれないと思った。
 しかし、その言葉は土地を離れざるを得ないでいる人、分断された人々それぞれの内心の声を聞くことでしかもたらされない。たくさんのずれた時間を土台にして声を出して欲しい、それが聞きたい、今はあなたがたがラジオのDJなのですとそこにいない誰かに向けて、私は私で想像上のラジオ放送をしたのである。