三原じゅん子議員の言葉 八紘一宇

 

三原じゅん子議員の言葉

平成27年3月16日の参議院予算委員会

 

 「私はそもそもこの租税回避問題というのは、その背景にあるグローバル資本主義の光と影の、影の部分に、もう、私たちが目を背け続けるのはできないのではないかと、そこまで来ているのではないかと思えてなりません。そこで、皆様方にご紹介したいのがですね、日本が建国以来大切にしてきた価値観、八紘一宇であります。八紘一宇というのは、初代神武天皇が即位の折に、「八紘(あめのした)を掩(おお)ひて宇(いえ)になさむ」とおっしゃったことに由来する言葉です。(中略)これは昭和13年に書かれた『建国』という書物でございます。
「八紘一宇とは、世界が一家族のように睦(むつ)み合うこと。一宇、即ち一家の秩序は一番強い家長が弱い家族を搾取するのではない。一番強いものが弱いもののために働いてやる制度が家である。これは国際秩序の根本原理をお示しになったものであろうか。現在までの国際秩序は弱肉強食である。強い国が弱い国を搾取する。力によって無理を通す。強い国はびこって弱い民族をしいたげている。世界中で一番強い国が、弱い国、弱い民族のために働いてやる制度が出来た時、初めて世界は平和になる」
 ということでございます。これは戦前に書かれたものでありますけれども、この八紘一宇という根本原理の中にですね、現在のグローバル資本主義の中で、日本がどう立ち振る舞うべきかというのが示されているのだと、私は思えてならないんです。」(『ハフポスト日本版』2015年3月17日)

 

本田平直、立憲民主党に意見書提出 2021/7/21

2021年7月21日
意 見 書
立憲民主党倫理委員会 御中
衆議院議員 本多平直


立憲民主党ハラスメント防止対策委員会を以下、「本件委員会」と表記
し、同委員会が出した報告書を「本件報告書」と表記します。また、立憲
民主党性犯罪刑法改正に関するワーキングチームを「WT」と表記します。)


第1 はじめに
今回、私の言動が「党の名誉及び信頼を傷つけ、党の運営に著しい
悪影響を及ぼすもの」として、党員資格を 1 年間停止する処分を倫理
委員会に諮ることが本年7月13日の常任幹事会において提起され、
了承されております。このような処分は、事実上政党政治家としての
私の政治生命を絶つに等しいものであり、到底、承服いたしかねます。
以下、私の言い分を述べます。


第2 処分の手続きが党規約及び党倫理規則に則っていないこと
1 党倫理規則第5条第3項に規定する幹事長による調査がなされて
いません
貴委員会への処分案の諮問を審議した常任幹事会において、処分案
に係る調査は本件委員会に委任されその事実認定は本件報告書の記
載事項のみによると党代表及び幹事長より説明されたと承知してい
ます。
しかし、党倫理規則第5条第3項においては、「幹事長は・・・処分2
について発議する場合、公正な調査に基づいて事実を確認する」と明
記されています。この点、私はこの間、幹事長より処分に関する調査
を受けたことは一切ありません。そして、本件委員会が行ったとする
調査が倫理規則が求める「幹事長による公正な調査」に該当し得ない
ことは当該条項上明らかであると思います。(なお、党規約第48条
第5項についても当然に幹事長による調査を規定したものと解され
ます(同条第3項「調査」ご参照)
また、本件委員会による調査は倫理規則第5条第3項に定める調査
にその実体上も該当し得ないものと解されますところ、以下の点を貴
会及び貴委員会において適正手続きの保障の観点より幹事長及び本
件委員会にご確認を頂きたいと思います。
(1) 幹事長より本件委員会に対して「処分のための公正な調査」が明確
に諮問されているのか。
(この点、本件報告書「1 諮問の内容」にはそのような記載はなく、
「1 諮問内容」にある「1 事実調査」については6月18日に、
本件委員会の金子雅臣委員長より「処分を前提にした検証ではない」
旨の説明を受けております。また、私は、仮に処分を検討するのであ
れば党規に基づく調査を行うよう幹事長に対し文書で要請をしてい
ました。)
(2) 仮に上記の諮問があったとする場合に、本件委員会は事実上私の政
治生命を絶つに等しい重大な処分を正当付けるだけの公平公正及び
中立性に基づく組織構成(事務局を含む)やその運営が確保されてい
たのか。
(なお、倫理規則第5条第3項には「公正な調査」との要件が明記され
ております。)


2 党倫理規則第5条第3項に規定する「弁明の機会」が与えられてい
ません
倫理規則第5条第3項においては「幹事長は・・・処分について発
議する場合、・・・処分の対象となる党員の弁明を聴取する機会を確
保するなど、その権利の擁護に配慮しなければならない。」と規定さ
れています。ところが、私は当該条項に基づく弁明の機会は何ら与え
られないままに処分案が常任幹事会に諮られております。
事実は、7月13日の常任幹事会の約30分前(14時半頃)に幹
事長の議員会館事務所に呼び出され、その際に、本件報告書の写しの
手交ともに「党員資格停止一年の処分案を常任幹事会に諮る」との言
い渡しがなされ、その後に、本件報告書の全体についてごく簡単なか
いつまんだ説明がなされ、続いて、常任幹事会の前に処分案が諮られ
執行役員会の模様の説明がありました。そして、その中では、「倫理
委員会で弁明の機会があるのか。」、「執行役員会や常任幹事会で本人
は弁明の機会がないのか。」との旨の質問に対し、「倫理委員会に諮問
すれば確実に弁明の機会が与えられる。執行役員会や常任幹事会で弁
明の機会を与えるかについては、今のところそれは倫理委員会の役
割。」との旨の回答をしたとの説明がありました。
この間、処分の理由についての幹事長からの説明は一切なく、その
理由を問い質した際には、後に文書で明らかにするとのことでした。
それに対し、(現時点で)文書はないのですかと問い質したところ、
処分の理由等を記した文書は作成中とのことでしたので、本面談が弁
明の場であったとは、到底考えられません。

 

 

 

 

 

第5 今回の騒動の原因となった「14歳と性交」は本件委員会も認定し
ておらず、「党の名誉に著しい悪影響を及ぼ」したのは寺田座長によ
る事実と異なる情報発信にあること
1 今回、私の発言とされるものが大々的な注目を集めるきっかけにな
ったのは、産経新聞の6月4日付の記事「出席議員が「50歳近くの
自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることに
なる。それはおかしい」などとして、成人と中学生の性行為を一律に
取り締まることに反対したことがわかった。」という報道であり、こ
の記事をきっかけに「14歳と性交」という刺激的な表現が報道上独
り歩きして大騒ぎになっています。
2 しかしながら、本件報告書における事実認定は、「また、本多議員
は、50代の私と14歳の子とが恋愛したうえでの同意があった場合
に罰せられるのはおかしいと、強めの発言をした。」というものです。
前述した通り、中間報告案は6月3日のWTにおいて公開される前
に党所属の全国会議員に送付されています。こちらの中間報告案を送
付したのは寺田座長です。この中間報告案では「例えば50歳近くの
自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることに
なる。それはおかしい。」との表記でしたが、これがメディアに漏れ、
「14歳と性交」というセンセーショナルな報道につながっています。
この報道の発端は、そもそも、本件委員会すら認定していない「1
4歳と性交」という事実と異なる発言が、中間報告案に記載されたこ
とです。
3 寺田座長は、SNSなどの発信で「慎重意見あることを中間報告に12
載せるよう御本人も求めていました」などと述べていますが、事実と
異なります。私が強く求めていたのは、結論部分での慎重意見の両論
併記であり、議論の途中の具体的な意見の掲載など想定もしていませ
んし、要求もしていません。会議の音声データを確認いただければ、
証明されるはずです。
4 私は自分が発してもいない「14歳と性交」という言葉で事実上政
党政治家としての政治生命を絶たれることは到底承服できません。

 

 

hiranao.com/ikensho20210721.pdf
hiranao.com/ikensho20210721_gaiyou.pdf 

 

SWCはイスラエルによるパレスチナ人への人権侵害・無差別殺害に対する批判や抗議活動に「反ユダヤ」のレッテル貼りをするなど、むしろイスラエルのパレスチナ占領を積極的に擁護してきた団体

志葉玲 認証済み

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)報告

人類史上、最悪の悲劇の一つであるホロコーストはどんな文脈であれ茶化すことは許されません。過去のネタとは言え、小林氏の解任は当然かと思います。ただし、本件に関する日本の報道では、ユダヤ系圧力団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)が批判」というようなものが多いのですが、同団体に批判されたから不味いということではなく、大量虐殺という「人道に対する罪」への日本としてのスタンスが問われることかと。なお、SWCはイスラエルによるパレスチナ人への人権侵害・無差別殺害に対する批判や抗議活動に「反ユダヤ」のレッテル貼りをするなど、むしろイスラエルのパレスチナ占領を積極的に擁護してきた団体であり、そうした団体の主張を注釈なしに日本のメディアが拡散していることには、長年中東を取材してきた者として疑問を感じざるを得ません。

 

 

姜徳相氏らの研究を振り返る…朝鮮人虐殺の構造と日本の植民地支配

姜徳相氏らの研究を振り返る…朝鮮人虐殺の構造と日本の植民地支配

田中正敬

2021/7/21 しんぶん赤旗

 

 1923年(大正2年)の関東大震災が起こった9月1日は「防災の日」である。この前後には各地で追悼式やさまざまなイベントが開催される。「天災」としての震災が多発する日本ではその歴史を後世に伝える努力が欠かせない。
 ただ、こうした場で関東大震災時に起こったもう一つの出来事、「人災」が語られることは少ない。「人災」とは、朝鮮人虐殺をはじめとする中国人、日本人虐殺・傷害事件である。関東大震災当時から現在に至るまで、虐殺について公に語ることはタブー扱いされ続けている。
 当時の史料から、震災以上の広範囲の地域で虐殺が起こったことがわかる。しかし、各地域で起こった虐殺事件について犠牲者を悼み虐殺の事実を心に刻む取り組みは、一部を除いてほとんどなされていない。
●基本の史料集全体像を解明
 政府はこれまで虐殺事件を調査し公表することについて、きわめて消極的であった。むしろ、虐殺を隠蔽し、事件直後に追悼と真相究明を行おうとした朝鮮人の活動を弾圧・妨害した(山田昭次著『関東大震災時の朝鮮人虐殺』『関東大震災時の朝鮮人虐殺とその後』)。それは政府自身が流言の担い手となったこと、軍隊や警察が虐殺事件を引き起こした事実を隠すためであった。小池百合子都知事朝鮮人犠牲者への「追悼の辞」の送付を拒否したこと(関東大震災朝鮮人虐殺について意図的に「語らない」ことも、虐殺隠蔽の手段の一つである。
 戦後、虐殺が起こった地域での追悼や調査とともに、在日朝鮮人や日本人の研究者による研究が進められた。『現代史資料六関東大震災朝鮮人』(1963年)は、今なお基本の史料集であり、その後の研究の発展を促した。編者の一人で、6月に亡くなった姜徳相(カントクサン)氏は、朝鮮人虐殺についての多数の論考を執筆し、1975年の『関東大震災』(2020年、新装版出版)で朝鮮人虐殺の全体像を明らかにした。
 近年では自警団が虐殺を起こすに至った動機が裁判資料から明らかにされ(藤野裕子著『民衆暴力』)、犠牲者の同胞の対応を解明する研究もなされている(鄭栄桓(チョンヨンファン)著「在日朝鮮人の形成と『関東大虐殺』」、趙景達(チョキョンダル)編『植民地朝鮮』に所収)。他方、当時の出来事を体験した世代の話を聞く機会はほぼ失われている。
 いま朝鮮人虐殺を否定する論調や行動が盛んに行われている。ただし、否定すると言っても虐殺が起きたこと自体は否定しようがない(内閣府中央防災会議の災害教訓の継承に関する専門調査会報告書『1923関東大震災第Ⅱ編』でも虐殺が起こったことは認定されている)。だからその否定の仕方は "朝鮮人が暴動を起こしたのは事実であり、朝鮮人を殺害したのは正当防衛だ" となる。しかし、暴動を起こしたはずの朝鮮人が裁判にかけられたことはない。
 東京・墨田区横網町公園朝鮮人犠牲者を悼む追悼式の脇で、同時刻に「慰霊祭」と称して開かれた否定論者の集会でも同じような趣旨の発言がなされた。事実無根のこうした認識は震災当時から官民が持っていたものであり、現在の虐殺否定論は過去の流言の再版にすぎない。
●研究を軽視しさらに傷つけ
 なぜ虐殺が起こったのか。姜氏は「戒厳令で軍隊が朝鮮人殺しをやっていく。同時に警察は朝鮮人暴動を宣伝していく。それを見た民衆は、自分たちもお国のために」朝鮮人を虐殺した(姜徳相聞き書き刊行委員会編『時務の研究者 姜徳相』)と指摘する。
 こうした虐殺の構造と、日本による朝鮮半島の植民地支配を理解すれば、否定論が出てくる余地はない。しかし否定論は、姜氏らが心血を注いで史料を読み込み、明らかにした歴史的事実を、学問・研究を軽視してないがしろにし、虐殺された朝鮮人犠牲者をさらに傷つけている。
 災害において民族排外主義的な言動は今後も起こりうる。加害や被害を無くすには人災を含む歴史に真剣に向き合うしかない。(たなか・まさたか 専修大学教授) #朝鮮人虐殺
https://bit.ly/3gE9VHJ ←小池知事は虐殺の有無を「さまざまな見方がある」とし、「歴史家がひもとくもの」と突き放した。無責任で、冷酷な言いようだ。 過ちは繰り返してはならない 。尹の死因はいまだ不明だ。豊かな才能を秘めた詩人は決して単なる早世ではない。権力の残忍な手で闇に葬り去られたのだ。関東大震災時の朝鮮人虐殺の全容が未解明なのは政府がそれを隠蔽し戦後も調査を怠ってきたからだ。歴史を風化させてはならない。二度と過ちを繰り返してはならない。差別や憎悪や分断が蔓延る現在こそ目を瞑ってはならない。真実と向きあい深い反省とともに教訓に学び、犠牲者を悼むべきである。
https://goo.gl/745DJW内閣府は「関東大震災時の朝鮮人虐殺に関する報告書」HPから削除していた。
http://bit.ly/3atyRii ←「関東大震災」虐殺招いた朝鮮蔑視と敵視。
https://bit.ly/3zkOeFC ←今井清著「関東大震災と中国人虐殺事件」…政府の隠ぺい明かす学問の重み 。

 

福島第一原発 廃棄物保管容器の汚染水 一部は川流出の可能性

福島第一原発 廃棄物保管容器の汚染水 一部は川流出の可能性
07月19日 19時55分 NHK

 

福島第一原子力発電所で、先月、放射性廃棄物を保管するエリアの排水升から高い濃度の放射性物質が検出された問題で、東京電力は、一部は、隣接する川に流れ出た可能性があると発表しました。
ただ、川などで測定している放射性物質の値には変動がなく「環境への影響はない」としています。

福島第一原発では、先月29日、放射性廃棄物を保管しているエリアの排水溝の升にたまった水からベータ線を出す放射性物質の濃度で1リットルあたり750ベクレルという比較的高い値が検出され、周辺で見つかったふたが空いた容器にたまった水からは、1リットルあたり最大7万9000ベクレルという非常に高い濃度の汚染が確認されました。

東京電力によりますと、容器に保管されていたのは汚染された土で、容器内の水からは放射性物質ストロンチウムが検出されたほか、排水升の水からも少量のストロンチウムが検出されたことから、東京電力は、汚染された土が入った容器に雨水などが入り込んであふれ、排水枡に流れ込んだとみられると発表しました。

一部は隣接する川に流れ出た可能性があるということです。

ただ、川や付近の海で測定している放射性物質の濃度に変動がないことから、東京電力は「環境への影響はない」としています

 

 

これは政治的事件である――立憲民主党の本多議員をめぐる調査報告書の問題について

 

これは政治的事件である――立憲民主党の本多議員をめぐる調査報告書の問題について

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 性犯罪刑法改正の議論の場で本多平直氏が行ったとされる不適切発言に関して、7月12日、立憲民主党ハラスメント防止対策委員会から調査報告書(以下、報告書)の提出がなされました。

 報告書全文ダウンロード

 この報告書からただちに明らかなのは、検証すべき事実関係が執筆者の持論と切り分けられておらず、肝心の事実関係に関しても正確な記述を欠いていることです。これは論理的に飛躍のある箇所が含まれる点にとどまらず、多数の主語の欠落や文章の破綻にまで至っており、本件の調査報告のずさんさがうかがわれると言わざるを得ません。

 報告書本文における個々の瑕疵については、先日発表された詳細な記事『立憲民主党は立憲主義と民主主義を放棄するのか、あるいは本多議員をめぐる報告書の致命的欠陥について 』があるためそちらに譲りますが、この記事では「筆者の主観的な評価と、対象者の言動が全く区別が付けられないまま著述が展開されていくのが、この文書全体を支配する特徴」であるとの総括がされています。

 こうした特徴は、報告書がワーキングチームでなされた一連の議論から部分的な出来事を意図的に取り上げて、筆者の思惑を染み込ませつつ再構成した文書であることを暗示するものです。これは例えば報告書の9ページにおける記述「本多議員の認知の歪みは是正されたか」にみられる「認知の歪み」という不当に当事者をおとしめる言葉からも浮き彫りであるといえるでしょう。ここに至ってこの報告書そのものがまさにハラスメントの性格を帯びた不公正なものであることがうかがわれ、このような文章を公党が発表したことには驚きを禁じえないと言うほかにありません。

 そもそも法律の修正に関する議論においては、修正に伴って生じうる正の効果と負の効果に対する慎重な検討が必要となるものです。時代とともに社会が変わる以上、かつて作られた法律が現実と整合しなくなり、修正を要する場合はしばしばおこります。こうしたとき、既存の法律に手を加えるにあたっては、それによって社会にどのような変化が起こりうるのかを事前に深く議論しておく必要があります。一つの修正は必ず正の効果と負の効果をもたらします。そこで一定の合意を作るために、そしてまた、負の面をケアし正の面をより確実なものとするために、多角的かつ精密な検討が不可欠となるわけです。

 この一連の問題で議題となった性犯罪刑法改正もまた例外ではありません。確かに性交同意年齢については、引き上げるのがよいという大勢はあったでしょう。しかし何歳を境界にするかといったことは程度問題になりますから、どこまで引き上げるのが妥当かという検討は必要です。引き上げに正の効果が大きくても、あまり大きく引き上げすぎると今度は負の面が強くなるでしょう。こうした一つの点においても、様々な事例を挙げて突き合わせることが必要です。

 また、行うべきことはそれだけではありません。法律に抜け穴は存在しないのか、未来の権力者が最も危険な解釈をしたらどうなるのか――。そうしたことも、さまざまな事例を取り上げて論じることが不可欠です。

 本多氏が展開していたのがこうした議論であったことは、ワーキングチームに参加していた議員の指摘から明らかです。例えば岡本あき子衆院議員は複数の事例を挙げたのち、「上記さまざまな事例を出しているなかに、本多さんの発言もあったかと記憶しています」との指摘を行っており、本多氏が多くの事例のなかで同意年齢の引き上げにともなう正の効果と負の効果を考えていることがうかがえます。こうした全体の議論の流れがあるのにもかかわらず、ただ一つの発言のみを切り出して非難するのは失当といえるでしょう。

 しかしながら報告書において行われているのは、まさにそういった行為にほかなりません。本来、一つの発言を問題だとするのであれば、その発言がどのような議論においてなされたのかということに調査を進め、問題となった発言を全体のなかに位置づけなければならなかったはずです。その作業が何も行われないまま、発言の意図も、あるいは発言の有無すらも明らかでない一部分の切り出しが行われるというのは公正さに欠けているというほかなく、処分を根拠づけているとは言い難いものがあります。またそのような状況にありながら処分が急がれたということは、党のガバナンスとして信頼を損なうものであると言わざるを得ません。

 本件は、政党が法律に手を加えようとするとき、その手続きはどのように行われるのが望ましいのかということについて、大きな疑問を投げかけるものです。

 真摯に議論を行い、ある場合には真っ向から意見を戦わせて、抜かりない法案を作らなければならないというのは当然のことです。できるだけ広い知見で様々なことを洗い出し、ある角度から見たときの正と負、別の角度から見たときの正と負の効果を精密に検討することが必要となるでしょう。正の面が多い場合は変えるべきですが、程度問題では大きく変えると負の面が強まるので、どこかで折り合いをつけようと合意を模索します。最終的には議論を尽くしたうえで、採決などをもって党内の合意を取り付けるわけです。こうしたことを行うためには、あらかじめ正と負の両面をあらゆる角度から検討し、党の各構成員が考えるためのさまざまな事例を用意しておく必要があるはずです。そして採決等を経て党の姿勢が決まった後は、その法案を掲げて選挙をたたかい、党に対する国民の支持を背景にして今度は国会の論戦に臨み、採決を経て法律がつくられます。

 本件ではこうした法律を打ち立てる議論の出発点において、排除による意見の集約という誤った方法がとられたと考えざるを得ません。そして今回のことを認めれば、今後このような強引なやり方を止めることができなくなることが大いに懸念されます。議論に参加する者は疑問点や問題点を指摘することに常におびえるようになり、法が湧き出す泉のような議論は涸れてしまうでしょう。それはすなわち、安倍政権や菅政権のもとで行われてきた政治を批判する拠点を失うことも、政党の死をも意味しているわけです。

 立憲民主党が自ら切り捨てようとしているものがいかに貴重で重要なものであるのかを考えてみてください。それは単に一人の政治家の進退にとどまる問題ではなく、こうした現行憲法下で法律を打ち立てるという作法を切り捨てたということになってしまうのです。

 あまりに瑕疵の多い本件の報告書が事態の重さを物語っています。党の関係者はぜひ目を通されることを勧めます。おそらくこの文書は日本政治史に残るものとなり、立憲民主党がどのような政党だったのかということを照らし出すでしょう。そしてまた、これからどのような道を進むのかということもまた、日本政治史に残るのです。

 それは岐路なのです。この事態の深刻さを直感し、真摯に議論を行うという気風を守ることが、日本の民主主義をよみがえらせることにもつながります。党の政治家は深刻に受け止め、組織に貫かれるべき民主主義の形を、いまいちど考えていただきたいと思います。

2021.07.19 三春充希

 

「表現の不自由展」めぐる経緯は日本の「表現の自由」の行方を占う試金石だ

「表現の不自由展」めぐる経緯は日本の「表現の自由」の行方を占う試金石だ

日の丸の集団に会場前でプラカードを持って対峙する市民(筆者撮影)

 

 すごいことだ。開催3日目というか最終日の7月18日、10時から開催される「表現の不自由展かんさい」の整理券が朝8時過ぎに全日分ソルドアウトになってしまった。17日はまだ9時過ぎまで整理券配布が行われたのだが、毎日報道されているから、全国から人が集まっているのだろう。3日間、予定通り開催できたとなれば、その意味はとても大きい。

 

厳重な警備のもとで開催をめぐって会場前で対峙

 私は16日、初日の朝8時過ぎに会場に入った。その時点で会場前には人がたくさん集まり、9時からの整理券配布を待つ行列ができていた。私はマスコミ内覧に参加するので並ばずに会場に入れたのだが、そうはいっても入り口では金属探知機による厳重なチェックを受けた。あいにく私のカバンは反応してしまい、中を開けてチェックを受けることになった。

 エレベーターに載って9階の会場に上がると、既に新聞・テレビなどの報道陣が訪れ、目印のオレンジの紐が配られていた。9時過ぎに内覧が始まり、主催者からの説明も行われたが、報道陣が一番シャッターを切っていたのはやはり、シンボルともいえる「平和の少女像」前だった。

 

平和の少女像と慰安婦の写真に集まる報道陣(筆者撮影)
平和の少女像と慰安婦の写真に集まる報道陣(筆者撮影)

 

 

  10時を過ぎると一般客も50人ずつ入場し、報道陣が会場にて感想を訊くなどの取材に入っていった。私はその後、1階に降りて、会場前の道路に出たのだが、大通りを隔てて、日の丸をかざして「反日の美術展は即刻やめろ」などと大音量で右翼風の人たちが抗議活動を行っていた。道をはさんで会館側では市民たちが「妨害やめろ」などと書いた手書きのプラカードを掲げていた。

 

開催に抗議する人たちと警察官(筆者撮影)
開催に抗議する人たちと警察官(筆者撮影)

 

 大阪府警の警察官が相当数警備にあたっており、脇の道には大型の警備車両が何台も止まっていた。近辺を街宣車で走り回っていた右翼団体もあったようだ。「表現の不自由展」開催を支持する市民と抗議する人たちが路上で対峙するという構図は、緊迫した場面ではあったが、警察が厳重な警備態勢をとっている限りでは、そこで衝突が起きるといった事態は避けられるように見えた。

 

会館前は警察が厳重警備(筆者撮影)
会館前は警察が厳重警備(筆者撮影)

 

名古屋中止を受け攻防、今回も爆竹郵送

 ただ名古屋で開催された「私たちの『表現の不自由展・その後』」は7月6日から開催されたが、11日の最終日までもたず、8日に中止になってしまった。その日、会館に届いた郵便物に爆竹らしいものが入っていたようで職員が開封すると同時に破裂したため、会場側が美術展会場にいた観客や関係者を避難させ、そのまま会場のフロアを閉鎖してしまったのだった。

 実は名古屋の場合は、9日から同じフロアで、開催に抗議する団体の展示が行われる予定になっており、緊迫するのは9日からと見られていた。私も9日に訪れる予定にしていたのだが、思わぬ形でその前に中止になってしまったのだった。大阪の警備が厳重だったのは、その名古屋の例があったからだ。

 

 周知の通り、大阪での展示も、6月から街宣抗議が行われたため、施設の指定管理者が大阪府に相談の上、6月25日付で会場の使用許可を取り消すという事態に至っていた。実行委はそれを不当だとして大阪地裁に提訴し、7月9日に地裁は「施設の使用を認める」との決定を出した。施設側は抗告したが、15日に高裁も同じ決定。さらに特別抗告に対しても16日に最高裁が棄却。使用を認める判断が確定した。

 名古屋での開催が中止に追い込まれた経緯を学習したのだろう。名古屋と同様に爆竹を入れた郵便物を送った者がいたようだ。ただし今回は郵便局で不審物と思われ、会場に配達される前に警察に引き渡された。

 

東京展は延期、名古屋は中止という混乱

 「表現の不自由展かんさい」が予定通り開催されたことの意味はかなり大きい。もともと6月25日から7月4日に開催予定だった東京展は、6月3日に報道されてすぐ、6日から激しい街宣抗議が会場にかけられ、周辺が住宅街だったために、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと会場の持ち主が使用中止を通告してきた。

 その後、別の会場に移されて予定通り開催かと思われたが、その会場も使用を断ってきたため、結局、美術展自体が延期されてしまった。名古屋と大阪は市や府の行政の施設だったため、使用取り消しには裁判に訴えるという方法があったが、東京はそうはいかなかったのだった。

 続いて大阪が会場使用取り消し、名古屋は開催されたものの2日間で中止になるという経緯で、一時は「表現の不自由展」に暗雲が垂れこめることになった。

 その時点までの経緯は、以前ヤフーニュースに書いた下記記事を参照してほしい。

 

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20210614-00242866/

「表現の不自由展」が激しい街宣攻撃で会場変更、実行委が会見で「開催続行宣言」

 

 もともと「表現の不自由展」は、中止や撤去の憂き目にあって展示できなくなった美術作品を展示、「表現の自由」について考える機会にしようというコンセプトで行われたもので、最初は2015年に東京の練馬区で開催。それを見た津田大介さんの提案で2019年に「あいちトリエンナーレ」の一部として「表現の不自由展・その後」と銘打って展示されたが、激しい抗議によって3日で中止に追い込まれ、関係者の尽力で最後の1週間に再開されるという経緯をたどっていた。

 その企画を自分たちの手で開催したいという市民が申し入れたことで、2021年、東京、名古屋、大阪、さらにはその他の地域でも開催が予定されたのだった。ちなみに地域によって主催する団体は異なり、東京の場合は、「あいちトリエンナーレ」の時とほぼ同じ実行委員会が主催したが、名古屋はその「あいトレ」当時、開催を支持して会場前で中止に抗議するアピールを行った市民らが中心となった。名古屋の展示が「私たちの『表現の不自由展・その後』」という名称なのは、そういう経緯による。

 ただもちろん、最初の東京展が激しい妨害にあったことで、東京・名古屋・大阪の実行委は互いに緊密に連携することになり、今回の大阪展にも東京の実行委メンバーが訪れてサポートにあたっていた。

 

懸念される暴力によって表現をつぶすという風潮

 一時は、東京が延期、大阪は会場使用取り消し、名古屋が2日で中止という経緯に至り、かなり厳しい見通しとなった「表現の不自由展」だが、一連の経緯は、気に入らない表現や言論に対しては、暴力を行使すればつぶせるのだという前例を作ってしまう恐れがあった。また表現する側も、事前に委縮してしまうという形で、日本社会に今後大きな禍根を残す恐れがあった。

 その意味では、大阪展が無事に開催されたことが、一連の流れに風穴をあけるという大きな意味を持っていた。しかも全国から人が訪れ、チケットが朝8時に完売になるという関心の高さや、クラウドファンディングで目標の100万円が集まるなど、今後、東京展開催へ向けた好材料も確認できた。名古屋も中止になった日程分の再開を求める動きが起きており、「表現の不自由展」をめぐる流れは今後につなげられることになった。

 

 「あいちトリエンナーレ」での大きな騒動や、今回の一連の騒動は、「平和の少女像」や昭和天皇をめぐる表現といった、これまでタブーとされてきたテーマが展示物で扱われているからだ。特に「平和の少女像」については、慰安婦問題や日韓関係の緊迫化の中で、世論を二分するナショナリズムの問題と関わっている。

 それを暴力的につぶすというのでなく、議論を深めるきっかけにするという方向に行けるかどうか。それがまさに問われていると言ってよい。

 攻防は今後も続く。一連の経緯が今後どうなるのか。大事な局面といえる。

 

表現の不自由展めぐる動きを特集した月刊『創』(つくる)8月号の内容は下記を参照してほしい。

http://www.tsukuru.co.jp/